第二五五編 陰の名脇役


小野おのくん、貴方は本当にもう〝諦め〟がついているの? 本当にこのまま最後までその想いを――桐山きりやまさんへの想いを、伝えないままでいいの? 最後くらい、貴方は貴方のために行動してもいいのではないの?」


 七海にそう聞かれた最初の一瞬、俺は迷った。

 自分の心の中に残っているわずかな未練。これを桃華ももかに伝えるくらいなら別にいいんじゃないか、と。交際を申し込むのではなく、「好きだったよ」と伝えるだけなら許されるのではないか、と。


 そして次の数瞬で思い直した。

 それは身勝手というものだ、自己満足というものだ。俺の言葉で真太郎しんたろうは桃華の告白に真剣にこたえ、そして桃華は俺の思惑を超えて真太郎への変わらぬ想いを表明した。ここで更に俺が桃華への好意を伝えることになんの意味がある。

 人の心はそう単純なものではない。「実は俺が桃華のことを好きだった」という不要な情報ノイズが、これからの二人の関係に悪影響を及ぼさないとも限らない。ただでさえ、真太郎の方は俺の気持ちもしてきたことにも気付いてしまっているんだから。


 次の一秒、俺はさらに悩んだ。

 真太郎に気持ちを知られているからこそ、俺がおおやけに桃華への想いを明かすべきなのではないか? 不器用な彼はきっと今後俺に気を遣ってしまう。ついさっきもそうだったように。

 それならいっそ桃華に気持ちを打ち明け、「好きだったけどもうスッパリ諦めた」という意思表示をした方がお互いに気が楽なのではないだろうか。どちらにせよ俺に今さら桃華とどうこうなれるような資格はないのだから。桃華の恋を応援すると決めた時点で、その〝覚悟〟くらい決めている。


 そして最後の数秒で俺は考えた。七海が言いたいのはそういうことではないのだろう、と。

 彼女は俺に「貴方おれのために」行動してもよいのではないかと言った。桃華のためでも真太郎のためでもなく、小野悠真おれのために。

 それが意味するところは利己。〝誰かのために〟ではなく〝自分自身のために〟。つまり周囲の人間関係のことなど忘れ、ただ俺が望むままに動いてもいいのではないか、ということ。「周りがどうなるか」ではなく「俺がどうしたいのか」を考えてみろということ。


 だから俺は考えた。最後にたった一度だけ、

 そして考え始めてすぐ――結論は出た。



「……なにも言わないよ。俺は最後まで、ただの幼馴染みでいたいから」



 俺の答えを聞いて最初に反応を示したのは金山かねやまだった。


「い、いいのかよ。今さら私に、アンタの考えに口出す権利なんかあるはずもないけど……七海さんの言う通り、最後くらいアンタのために動いてもバチは当たらないんじゃないの?」

「いや、別に無理して言ってるんじゃねえよ。ちゃんと考えたんだ、『俺がどうしたいのか』。考えて……って思ったんだよ」


 今まで自分の胸に走る〝痛み〟さえ騙してきたウソツキの俺が言っても説得力がないかもしれないが……嘘じゃない。真剣に考えて、悩んだ。そうして出てきた結論はなんてことはない、今までとなにも変わらないだったのだ。


 桃華と真太郎には、この先も今までと同じように笑い合っていてほしい。願わくば俺も一緒に、三人揃って。

 そして桃華が今なお真太郎のことを好きだというのなら、諦めていないというのなら――俺はそれを応援したい。今度は「正しい失恋をさせる」ためなんかじゃなく、「真太郎との幸せを勝ち取らせる」ために。陰からではなく、堂々とその背中を押してやりたい。

 桃華に――好きな人に幸せになってほしい。そのシンプルな想いは、俺の〝失恋〟を補って余りあるほどに大きななのだから。


「……そう。本当に変わらないのね、貴方は」


 俺の答えを聞いて、七海がどこかやわらかい口調で言う。もしかして、この聡明なお嬢様には俺が出す結論など分かっていたのではないだろうか? それでも敢えて彼女があんな聞き方をしてきたのは――俺の中にあった迷いに気付いていたからなのかもしれない。


『貴方は彼女のこととなるとすぐに周りが見えなくなる』

『だから、私がこうして見張っているのよ』


 いつぞやの喧嘩の後、七海はそう言っていた。桃華に関することになると視野狭窄しやきょうさくに陥りがちな俺が無理をしないように。……考えなしに飛び込んで、取り返しのつかないことにならないように。

 彼女こそ、最初からなにも変わっていない。俺とはまったく違う価値観を持っていて、俺とはまったく違うモノの見方をして。

 俺とはまったく違う視点から、俺がまったく気付いていないことに気付かせてくれる。


「ありがとな、七海」

「……ええ」


 いつもと同じ、短いやり取り。だが俺はそこに彼女との絆を感じ――


「だからッ! 私も諦めないって言ってるでしょッ!?」

「!?」

「!」


 その瞬間、桃華たちの方から七海妹のわめき声が聞こえてきた。驚き、俺は建物の陰から彼らのいる方を覗き込む。


「なんですか、なんなんですか!? ポッと出のくせに諦めが悪すぎるんですよ! 普通一回フラれたら諦めるでしょ!? もう分かりました、あなたが真太郎さんのこと好きなのは分かりましたからどうぞいさぎよくあきらめてください!」

「い、いやだよ! み、美紗みさちゃんと一緒で私だって真太郎くんのこと諦めきれないもん!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ二人とも! 学校でも言ったけれど、僕は今でも未来みくのことが好きだから君たちとは――」

「真太郎さんは黙っててくださいッ!」

「真太郎くんが誰を好きでも、私たちの気持ちには関係ないからッ!」

「ひえっ!?」


「……誰も彼も、諦めが悪いようね。


 ギャーギャーと言い争う三人の声に呆れたように息をいた七海は、しかしふわりと微笑を浮かべていた。それは妹が元気になったところを見たからこそだろうか。

 そして同じくやれやれと首を振っていた金山は、苦労人の表情で俺に忠告してくる。


「……小野アンタの気持ちは分かったけどさ、はこっちで大変だからね。特に誰かさんが色々動かしてくれたおかげで今日からはさらに、さ?」

「ははっ! それは怖いな。覚悟しとくよ」


 そう答えて、俺はこの半年間の定位置を――を脱した。

 向かう先は主役たちがつどう表舞台。そこは相変わらず、俺のような脇役が輝ける場所ではないのかもしれないけれど。


「――次は脇役は脇役でも、主役たちを幸せに導く〝名脇役〟くらいにはならないとな」

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