第二五五編 陰の名脇役
★
「
七海にそう聞かれた最初の一瞬、俺は迷った。
自分の心の中に残っているわずかな未練。これを
そして次の数瞬で思い直した。
それは身勝手というものだ、自己満足というものだ。俺の言葉で
人の心はそう単純なものではない。「実は俺が桃華のことを好きだった」という
次の一秒、俺はさらに悩んだ。
真太郎に気持ちを知られているからこそ、俺が
それならいっそ桃華に気持ちを打ち明け、「好きだったけどもうスッパリ諦めた」という意思表示をした方がお互いに気が楽なのではないだろうか。どちらにせよ俺に今さら桃華とどうこうなれるような資格はないのだから。桃華の恋を応援すると決めた時点で、その〝覚悟〟くらい決めている。
そして最後の数秒で俺は考えた。七海が言いたいのはそういうことではないのだろう、と。
彼女は俺に「
それが意味するところは利己。〝誰かのために〟ではなく〝自分自身のために〟。つまり周囲の人間関係のことなど忘れ、ただ俺が望むままに動いてもいいのではないか、ということ。「周りがどうなるか」ではなく「俺がどうしたいのか」を考えてみろということ。
だから俺は考えた。最後にたった一度だけ、これまでのすべてを放り出すつもりで考えた。
そして考え始めてすぐ――結論は出た。
「……なにも言わないよ。俺は最後まで、ただの幼馴染みでいたいから」
俺の答えを聞いて最初に反応を示したのは
「い、いいのかよ。今さら私に、アンタの考えに口出す権利なんかあるはずもないけど……七海さんの言う通り、最後くらいアンタのために動いても
「いや、別に無理して言ってるんじゃねえよ。ちゃんと考えたんだ、『俺がどうしたいのか』。考えて……俺はこうしたいって思ったんだよ」
今まで自分の胸に走る〝痛み〟さえ騙してきたウソツキの俺が言っても説得力がないかもしれないが……嘘じゃない。真剣に考えて、悩んだ。そうして出てきた結論はなんてことはない、今までとなにも変わらない俺の答えだったのだ。
桃華と真太郎には、この先も今までと同じように笑い合っていてほしい。願わくば俺も一緒に、三人揃って。
そして桃華が今なお真太郎のことを好きだというのなら、諦めていないというのなら――俺はそれを応援したい。今度は「正しい失恋をさせる」ためなんかじゃなく、「真太郎との幸せを勝ち取らせる」ために。陰からではなく、堂々とその背中を押してやりたい。
桃華に――好きな人に幸せになってほしい。そのシンプルな想いは、俺の〝失恋〟を補って余りあるほどに大きな俺の願望なのだから。
「……そう。本当に変わらないのね、貴方は」
俺の答えを聞いて、七海がどこかやわらかい口調で言う。もしかして、この聡明なお嬢様には俺が出す結論など分かっていたのではないだろうか? それでも敢えて彼女があんな聞き方をしてきたのは――俺の中にあった迷いに気付いていたからなのかもしれない。
『貴方は彼女のこととなるとすぐに周りが見えなくなる』
『だから、私がこうして見張っているのよ』
いつぞやの喧嘩の後、七海はそう言っていた。桃華に関することになると
彼女こそ、最初からなにも変わっていない。俺とはまったく違う価値観を持っていて、俺とはまったく違うモノの見方をして。
俺とはまったく違う視点から、俺がまったく気付いていないことに気付かせてくれる。
「ありがとな、七海」
「……ええ」
いつもと同じ、短いやり取り。だが俺はそこに彼女との絆を感じ――
「だからッ! 私も諦めないって言ってるでしょッ!?」
「!?」
「!」
その瞬間、桃華たちの方から七海妹の
「なんですか、なんなんですか!? ポッと出のくせに諦めが悪すぎるんですよ! 普通一回フラれたら諦めるでしょ!? もう分かりました、あなたが真太郎さんのこと好きなのは分かりましたからどうぞ
「い、いやだよ! み、
「ちょ、ちょっと待ってくれ二人とも! 学校でも言ったけれど、僕は今でも
「真太郎さんは黙っててくださいッ!」
「真太郎くんが誰を好きでも、私たちの気持ちには関係ないからッ!」
「ひえっ!?」
「……誰も彼も、諦めが悪いようね。貴方以外は」
ギャーギャーと言い争う三人の声に呆れたように息を
そして同じくやれやれと首を振っていた金山は、苦労人の表情で俺に忠告してくる。
「……
「ははっ! それは怖いな。覚悟しとくよ」
そう答えて、俺はこの半年間の定位置を――陰を脱した。
向かう先は主役たちが
「――次は脇役は脇役でも、主役たちを幸せに導く〝名脇役〟くらいにはならないとな」
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