第二五四編 愚者の友人
★
基本的に興味のないことを記憶に留めることをしない少女の中に、綺麗に形を保ったまま残っている言葉がある。
『俺は
それは愚かな彼の言葉。
『桃華が好きなのは、
いつまでも
『だから俺は、こんなことしかしてやれない……!
悲痛で、理解しがたい愚者の言葉。
『俺はただ、桃華に幸せになってほしい……!
――誰よりも近くで見てきた、たった一人の友だちの言葉。
「……だから貴方は、愚かだと言うのよ」
柄にもないことを口にした少女は目の前に立つ彼――
疑問。他者からの不躾な視線に苦しみ、
疑問。影に潜み、陰に隠れ、決して本人にバレないように動いてきた彼は、本当にこのままでいいのだろうか? 得るものもないままに、今後もなにも知らない顔をして彼女と接していくつもりなのだろうか?
疑問。それとも
疑問。だとしたら
「(……だとしたら、どうして彼は――)」
疑問、疑問、疑問――……。
それはたくさんの〝
どうして彼はいつまでも変わらない?
どうして彼は、いつまでも変わってくれない?
今の貴方はとても苦しそうだと伝えたではないか。
傷付くところはもう見たくないと言ったではないか。
どうして楽になろうとしない? どうして最も苦しい道を選び続ける?
どうしてそこまで彼女を想う、どうしてそこまで彼女に尽くす?
「(どうして――よりによって貴方なのよ)」
それともこれは、彼が自らの手中には収まらぬと知ればこそなのだろうか。隣の
それは小さくも耳障りな音だった。利己的だった
確かにその通りだ。「どうして」と言うなら、
「最後くらい、貴方は貴方のために行動してもいいのではないの?」
どうして一度ならず二度までもそんなことを言ってしまったのだろう。気紛れなどではなく、明確な意思に基づいて。
〝損〟しかしないのに、それでもいいと思ってしまうのはどうしてなんだろう。
「(……もしかしたら貴方も、こんな気持ちだったのかしら)」
それもやはり、分からないけれど。
でも今はこれでいいと思った。自分のことは、後でいい。
彼の一番近くに居た者として、〝契約〟相手として、友人として。周りのことしか考えていない愚者に今、別の道もあることを教えてあげられるのはきっと
それに、きっと彼は……。
「(……いえ、それは私が考えることじゃないわ)」
自分の手が届かないところまでどうにかしようとする必要はない。自分が言いたいことを言い、自分が正しいと信じたのなら。
その先は、彼が決めること。
彼が自分で下した決断なら、きっとそれが一番〝正解〟に近いと信じている。なにせ彼は、
「――――」
「……そう。本当に変わらないのね、貴方は」
だったら、それ以上はもうなにも言うまい。
きっと彼が思考した時間は数秒にも満たなかっただろう。ほとんど即断即決だった。知らぬ者が見れば適当に決めたとさえ思われそうなくらいに。
しかし
それでも彼は真剣に考え、悩み、そして――最後の決断をしたのだと。
「――なにも言わないよ。俺は最後まで、ただの幼馴染みのままでいたいから」
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