第二五〇編 端役脇役の美学

 この一連の恋愛劇が一つの物語だとするならば、主役はやはり真太郎しんたろう桃華ももかなのだろう。

 女の子にモテモテなイケメン野郎の真太郎ヒーローと、そんな彼に密かな想いを寄せる桃華ヒロイン。二人は親友の協力や恋敵ライバル出現など様々な出来事イベントを通じて互いに成長し、仲を深めていく――まさしく王道の展開といえよう。

 一方の俺は端役モブ、あるいな脇役エキストラ。間違っても主役になんてなれない、地味で特徴に欠けるキャラクターだ。作品形式が実写ドラマならいくらでも代役がきくし、漫画なら登場する度に顔や髪型が微妙に変わるような。端的に言えば「居ても居なくてもいい立ち位置ポジション」。それが小野悠真おれという男だった。

 少なくともあの日――バイト先に桃華ヒロインが現れ、そしてそのまま〝失恋〟するまでの俺はそうだった。


 そんな端役脇役の俺は、物語に大きく登場することは許されない。当然だ、端役モブが目立って喜ぶ読み手・聞き手がどこにいる。聴衆オーディエンスが求めているのは華やかな恋愛劇であり、俺の役目はさりげなく物語の進行を補助サポートすること。どちらかと言えば裏方に近い。舞台に立つ主役達にさえ存在を気付かれないくらいが望ましいだろう。


 現に今日までの俺は主役の二人にだけは関知されぬよう、徹底的に行動を隠し通してきた。

 クリスマスデートの時やバレンタインデー――厳密にはその翌日だが――、遊園地の観覧車など、俺が居合わせないところで真太郎しんたろう桃華ももかが仲を進展させたことは多々あって……真太郎には「ぜんぶ知っている」なんて大法螺を吹いたが、二人について俺が知り得ぬことなどいくらでもあって。

 それでもそういう細々こまごました部分を七海ななみ姉妹や金山かねやまからもたらされる情報で補完し、今日までを乗り切ってきた。表舞台に上がらずに済むように、あの二人の記憶に残る大切な場面シーン端役おれが映らずに済むように。


 だから――これが最初で最後の失敗ミスだった。


「も……桃華……?」


 ――この最終局面に、端役おれなんかが居合わせてしまったことは。


「……ごめんなさい。真太郎くん、悠真ゆうま


 それが、現れた桃華ヒロインの第一声だった。


「急に休んだりして迷惑かけて……本当にごめんなさい」


 その声はところどころかすれ、暗くて見えづらいがそれでも分かるくらい目元が赤く腫れてしまっている。俺は屋上を飛び出していった後の彼女を目にしていないが……あれから彼女が泣き明かしたであろうことは容易に想像がついた。

 彼女がアルバイトを休んだのは単に真太郎と顔を合わせづらいからというより――勿論それもあるだろうが――、接客業にとって致命的な状態にある己をかんがみてのことだったのだろう。そも、こんな状態で無理に出勤すればあの店長のことだ、心配して大騒ぎするに決まっている。


「き、気にするなよ。今日もいつも通り暇だったし、店長も一人分人件費浮いて嬉しいだろうし……な、なあ、真太郎?」

「う、うん……」

「……ごめんね……」

「あ、謝るなってば。は、はは……」

「……」

「……」

「……」


 三人分の沈黙が場に満ちる。俺が下手に茶化したようなことを言ったせいだろうか? ……それなら、どれだけ気が楽だったことか。

 桃華がこのタイミングで現れたことが偶然であるはずもない。しかし俺には彼女の目的を読み取ることが出来なかった。

 俺が真太郎を焚き付けたせいで、桃華は真太郎に完膚かんぷなきまでに失恋した。七海に聞いた通りなら今の彼女は心に大きな傷を負った状態で、あの泣き腫らした顔がそれらを真実だと証明している。

 だが……だとしたら彼女の目的はなんだ? どうして今ここに――


「――私」

「!」


 再び言葉を発した桃華に、真太郎と俺はびくついたように顔を上げる。


「――真太郎くんともう一度話をしたくて、ここに来たんだ」


 それはまるで、自分自身に言い聞かせているかのような言葉だった。退路を断ち、背水の陣まで自分を追い込むためだろうか。

 彼女の赤くなった瞳には覚悟の色が見える。それはしくも先ほどの真太郎の目にとてもよく似ていて、そしてなぜかその瞬間――七海ななみの言葉が頭に浮かび上がる。


『だったら、あとは信じなさい』


小野悠真あなたが正しいと信じたことを』


「(……そうか、あの言葉の真意いみは――)」


 俺は一度ぐっと拳を握り……そしてそれをほどくと同時に言った。


「……分かった。それじゃあ俺は先に帰らせて貰う」

「えっ……ゆ、悠真!?」


 さっさと歩き出そうとする俺の肩を真太郎が掴もうとして、しかし俺はそれを振り返った視線だけで制する。

 彼が俺を止めようとしたのは、既に俺の気持ちを知ってしまったからだったのだろう。……桃華のことを好きな俺が無理をして席を外そうといるのではないかと。

 しかしその気遣いは見当外れだ、久世くせ真太郎。俺のことをおもんぱかる余裕があるのなら――


「――最後まで、きっちり向き合ってやってくれよ」

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