第二四七編 雪はまだ止まない
★
――
雪はまだ
しかし、それで丁度いいくらいだ。先程までの俺は、少々頭に血が上っていた感が否めなかったから。
「やっちまったなあ……なんで真太郎に全部バラしちまったんだろうなあ……」
顔の半分を覆うように手を当てながら、情けない声を発する俺。。手足は冷えきっているのに、顔だけは未だに熱いままだ。
「(まあ……もういいか、バレても……)」
そもそも桃華が告白を決意した時点で俺の役目は終わっていたのだし、真太郎に対して隠し続ける必要は特にないはずだ。ただし俺は彼に口止めをしたわけではないので、彼の口から桃華に伝わってしまう可能性はある。……それだけは、少しだけ怖かった。
「――まだここに居たのね」
「ッ!?!?!?」
突然真後ろから掛けられたその声に、俺は心臓まで一時停止したのではないかというレベルで全身をガチンと硬直させた。そしてその反動で一気に早鐘を打つ胸を押さえつつ振り返ると、そこには顔だけなら俺が知り得る霊長類の中で最も美しいお嬢様――
「び、ビビらせんなよ、心臓停まるかと思っただろ……一瞬天国が見えたぞ、俺は」
「それは幻覚でしょう。貴方が死んで行き着く先は良くて地獄よ」
「良くて地獄って、まずそれ以下の場所なんて知らないんですけど」
慣れ親しんだしょうもない掛け合いを挟んでから、お嬢様は二重の意味で身の丈に合わない小汚ない傘をばさりと開いた。
「……私に預け物をしておきながら一向に下りてこないなんて、いい度胸をしているのね」
「……ハッ、そりゃあもう。なにせもはやこの世に怖いものなんてなくなったようなもんだぞ、俺は」
「そういえば
「すみません、まだまだたくさんありました怖いもの」
俺が即座に頭を下げると彼女はほんのわずかに笑みを浮かべ――そしてすぐに表情を戻す。
「――
「!」
驚き、目を丸くする俺。……えっ? な、なんでこいつがそんなこと知ってるんだ……?
「も、もしかしてここに来る途中で久世に会ったのか?」
「いいえ。彼が
「どういう状況!?」
「それから
「ほんとにどういう状況だよ!? いや金山はまだ分かるけど、七海妹はマジで意味分かんねえ!?」
「色々あったのよ。そこは別に重要ではないわ」
「えっ、そこの説明
ことここに及んでなおも久世真太郎という男の底知れなさ――あるいは
「彼、桐山さんと美紗に『伝えるべき言葉を間違えていた』と言っていたわ」
「!」
「貴方が彼を動かしたのね?」
「……動かしてねえよ。俺はただ、自分の言いたいことを言っただけだ。お前が言ってくれた通りに、な」
『最後くらい、貴方は貴方のために行動してもいいのではないの?』
……あの言葉がなければ、俺は口出しすることも出来ないままだっただろう。それがよりよい結果に繋がったのかどうかは現時点では判別のしようもないが。
「……私は別に、そういうつもりで言ったつもりはなかったのだけれどね」
「? そういうつもり、って……じゃあどういうつもりだったんだよ?」
「……。……いいえ、なんでもないわ。貴方が私の思い描いた通りに動いたことなんてないもの」
「なんだよそれ」
目を閉じ、軽く首を振る七海に首を傾げる俺。過去の経験から、彼女が言葉を濁すとどうしても身構えてしまうのだが……また〝契約〟破棄とか言い出さないだろうな。いや、もう俺たちは単なる友人関係でしかないけれども。
「……それで……し、真太郎と桃華たちはどうしたんだ? まだ下で話してるのか?」
「いえ、話そのものはすぐに終わったわ。私以外の四人はそのまま帰ったみたいね」
「そ、そうか……えっと、どうなった?」
抽象的な質問。結果は当然として、過程のことも詳細に聞きたいという願望が混じったがゆえの問い掛けだった。
幸い聡明なお嬢様はそれを理解してくれたらしく、「そうね、まずは……」と順を追って話し始める。
「久世くんが二人に『君達のどちらとも付き合うことは出来ない』と言ったわ」
「いやド
なにやってんだあの馬鹿!? 本音で話せとは言ったけども、それは別に「なにもかも明け透けで話せ」って意味じゃねえよ!
「それからその後『
「いや確かにそれが本音だろうけども! なんで二回もフった後に追撃のように暴露するんだよ、鬼かあいつは!? それじゃ桃華と美紗ちゃんが余計に傷付くだけだろうが! ……と、というかその場に居合わせたお前はどういう反応したんだよ?」
「一度断っただけでは効果がなかったようだから、『本当に要らない』と改めて拒否したわ」
「お前も鬼なのかよ!」
伝聞調で聞いている分、余計にそう思えてしまう。きっと現実はシリアスなムードで話が進んだのだろうが……七海は最初からこういう奴なので諦めるとしても真太郎よ……お前はもう不器用とかそういうアレを超えてるぞ……。
「(まあ桃華と一対一の状況じゃなかったってのもあるか……)」
特に美紗ちゃん――七海妹の存在は
「……で、桃華と七海妹はどうしたんだ……?」
「二言三言呟いて、そのまま帰ってしまったわ。もしかしたら二人とも、ショックを受けたのかもしれないわね」
「そりゃそうだろとしか……」
大きくため息をつき――重ねてもう一度息を吐き出す。自覚はしているつもりだったが……やはり俺のしたことは本当にただの自己満足にしかならなかったようだ。
勇気を出して本気の告白に臨んだ桃華には、失恋するにしても俺のように無意味なそれではなく、せめてなにか一つだけでもいいから得るものがあってほしいと思っていた。
だが――その結果がこれか。俺のせいで桃華はさらに深い傷を負ってしまったかもしれない。それどころか真太郎との溝を広げ、友としての居場所まで奪ってしまったのかもしれない。
「俺が余計なことをしなかったら……」
「……
「え……?」
呆れたように言ったお嬢様に顔を向けると、しかし彼女は言葉を続ける代わりに俺に傘を差し出してきた。そして俺がそれをおずおずと受け取ったとたん、こちらに背を向けて歩き出す。
「……ついて来なさい。家まで送るわ」
「い、いや、でも……」
「異論は認めないわ。来ないと言うなら力ずくでも連れていく」
「このお嬢様が身勝手すぎる!?」
俺がツッコミを入れつつも仕方なく後を追いかけると、七海は悪びれもせずに「それで結構よ」と答えた。
「前に言ったでしょう。私はもう、貴方の傷付くところなんて見たくないと」
「!」
屋上を出て、いくらか水滴の傘を畳む俺を待たずに階段を下りていきながら、お嬢様は続ける。
「だからそうやって自分を傷付けるのはやめなさい。誰しも決して全能ではないわ。貴方はいつも自分の手が届かないところまでなんとかしようとしすぎなのよ」
半フロア分先行していた彼女に追い付くと、いつの間にかすっかり人の気配が消えた校舎内には二人分の足音しか響いていなかった。
「貴方は自分の言いたいことを言ったのでしょう? だったら、あとはただ信じなさい」
そして七海がピタリと足を止め、俺もそれに釣られて立ち止まったことでいよいよあたりには静寂が訪れる。
「信じるって……なにをだよ……?」
俺がそう問い掛けると七海は――ずっと俺のことを支えてくれた友人は目線だけでこちらを振り返る。
「貴方が正しいと信じたことを、よ」
――雪は、まだ止まない。
ああ……そういえば今日、バイトのシフトが入っていたっけ。
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