第二四五編 最後の話を


 その頃、初春はつはる学園第二体育館裏。


「そ、そんな……!? じゃ、じゃあ私ったら、また勘違いをしてたってことですか……!?」

「うん、まあそういうことになるね」

「貴女その悪癖あくへき、お祖母ばあ様にも矯正なおしておけと散々言われていたでしょう」

「がーん……!?」


 自身の失恋の原因が桃華ももかであると信じて止まなかった美紗みさは、未来みくとやよいの二人が断片的に得ていた情報をり合わせることにより発覚した真実を聞き、ショックのあまりふらりと身体を揺らしていた。

 その真実とはすなわち、桐山きりやま桃華は久世真太郎くせしんたろう七海ななみ未来に対する恋慕に気付いていたわけではなかったということ。そしてそれは当然、真太郎をそそのかして彼を失恋に追い込んだわけでもないということ。


「……ま、遊園地であんだけ露骨に七海ななみさんのこと見てた久世くせくんの気持ちに気付かない桃華アンタ桃華アンタだけどな」

「うぐっ……!」

「そ、そうですよね! 普通気付いてるものだと思いますよね!?」

「だからといって確証もないまま人を責め立てていい理由にはならないわよ」

「うぐっ……!」


 親友やよい実姉みくのツッコミを受け、揃ってうめく桃華と美紗。するとばつが悪そうに視線を逸らしている中学生の少女に対し、桃華は「……そうだね」と頷いてみせる。


「あの遊園地の日も、バレンタインのときも、それから勉強会をするって決めたときも……真太郎しんたろうくんと七海さんにはあるんだろうなって思ってた。真太郎くんが七海さんを見てるとき、いつもつらそうな顔をしてたから……」

「……」


 彼女の言葉に、しかし他人ひと嫌いのお嬢様は相変わらず無表情のままだ。


「真太郎くんと二人で観覧車に乗って、話を聞いて……真太郎くんは七海さんとお友だちに戻りたいのかなって思った。真太郎くん、七海さんと仲が良い悠真ゆうまのことが羨ましいみたいだったから」


 ちょうど未来と悠真が仲違いした後だったから、という理由もあったのかもしれない。やよいや美紗と違い――とある少年の暗躍――を知らない桃華は、当時二人がどうして疎遠になっていたのか、その詳細な理由までは知らないままだった。

 さらに言えば桃華は以前に一度、勉強会という名目で真太郎と未来を〝仲直り〟させようと試みており、まさか真太郎がそのような想いを抱えていようとは思いもよらなかったのである。


「でも……もっとちゃんと見ていれば気付けたはずだよね。やよいちゃんだって気付いてたのに……私は真太郎くんのことが好きなのに、真太郎くんのこと、なにも見ようとしてなかった……!」


 溢れ出しそうになる涙を制服の袖で拭い、少女は膝を抱え込む。そんな桃華の姿を見て、美紗が「ああああッ!」と突然大声を上げた。


「勘違いしてたことは謝りますよ、ごめんなさいッ! でもなんであなたがそんなメソメソしてんですかッ! 泣きたいのはこっちだって言いましたよね!?」

「だ、だって……!」

「だってじゃなぁーいッ!」

「ひっ!?」

「……とりあえず落ち着きなさい、美紗」


 今にも掴みかからんばかりの勢いで両腕を振り上げた美紗いもうとを未来が制止する。しかし寝不足と様々な感情が入りじっているせいか、恋愛に生きてきた中学生の暴走は止まらない。


「あなたはいいですよね、好きだったって言ってもたったの一年やそこらなんですから! でも私は一〇年もずっと好きだったんですよ! あなたと違って、ずっとずっと真太郎さんのことだけを考えて生きてきたんです!」

「……時間だけがすべてじゃないでしょ。桃華その子だって真剣に久世くんのこと考えてきたから――」

金山かねやまさんは黙っててくださいッ!」


 口を挟もうとしたやよいの言葉を遮断し、美紗はくまの浮かんだ瞳でキッ、と桃華のことを睨み付ける。


「私だって真太郎さんのことが好きなんです! 大好きだから、いつか真太郎さんに振り向いて貰うために頑張ってきたんです! それなのに……それなのに、たとえ善意でもあなたが真太郎さんの背中を押したりしたせいで全部ご破算ですよ! いったいどうしてくれるんですか!?」

「え、ええっと……」

「美紗、貴女今無茶苦茶なことを言っているわよ」

「お姉ちゃんも黙っててッ! というかお姉ちゃんが真太郎さんに好かれたりしなきゃこんなことにはならなかったのに!」

「本当に無茶苦茶なのだけれど」


 半狂乱のごとく全方位に噛み付きまくる妹に、流石の未来も手のつけようがないらしい。

 そしていよいよ邪魔立てする者の居なくなった美紗は――わずかにうつむいてぎゅうぅ、と拳を握り締めた。


「なんで……なんで皆、自分の恋のために生きようとしないんですか……ッ!」

「……!」

「桐山さんも、も……皆おかしいですよ……ッ! どうかしてます……どうして一番自分の気持ちに正直に生きてきた私が、こんな想いをしなきゃいけないんですか……ッ!」

「……」


 その言葉を聞いて、場の全員が揃って黙り込む。それこそがきっと、恋愛強者たる彼女の本音の部分だったのだろう。


「意味が分かりません……真太郎さんのことが好きだって言うなら、お姉ちゃんとのことなんて気にせず、自分のことだけ考えていればいいじゃないですか……!」

「……」

「『好きな人のため』とか考えてるんですか……? お姉ちゃんと〝仲直り〟させることが、真太郎さんにとって一番幸せなことだと思ったんですか……? なんで……どうして、幸せにしようと考えられないんですか……!」


 事実、彼女はずっとそうして生きてきたのだろう。真太郎の未来あねへの気持ちを知りながら、それでも一切関与せずに居続けた彼女は。今すぐには無理でも、いつか自分が彼を幸せにしてみせると信じていたから。……真太郎が、笑顔を失った未来に対してそうしてきたように。


「私は――ッ!」


 いよいよ感情の抑えが利かなくなり、美紗が大声を上げようとした――その時だった。


「桃華ッ!」

「「!」」


 突然の呼び掛け声に、桃華と美紗が同時に顔を向ける。

 そこにいたのは……まるであちこち走り回った直後かのように肩で息をしている少年。


「美紗も居たんだね……良かった、君にも話をしなきゃと思っていたから」

「し……真太郎、さん……?」

「真太郎くん……」


 驚きの声を上げる少女たちに、渦中の彼――久世真太郎は息を整えるよりも先に言った。


「ごめん、二人とも――もう一度、僕に話をさせてほしい」

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