第二四二編 〝その程度〟の想い
「(前に一度、
彼の切実な言葉を聞いて
最初、真太郎は悠真と未来が男女関係のことで揉めたのではないかと邪推していた。結果としてすぐに勘違いだと判明したものの、当時は心からショックを受けたものだ。
それは好きな女の子が他の誰かのものになってしまったと思ったから――ではなく。
「(あの時の僕は――悠真と未来が上手くいっていないことの方がショックだった)」
好きな人がいて、その人と他の誰かが恋仲にあることを嫉妬したり、その恋が上手くいっていないことを喜んでしまうというのはある種正常なことだ。〝身を引くことが出来る〟というのは、〝その程度の想いでしかない〟ということでもあるのだから。
故に当時の真太郎は、潜在的に悠真と未来が上手くいくことを願っている自分にも同じくらいショックを受けたものだった。自分の未来に対する想いは〝その程度〟だったのかと。
「(でも……君も、同じ気持ちだったんだろうか)」
雪空を見上げるような格好で肩を震わせる友人の背中を見て、真太郎は考える。
彼の
「(……いや……同じじゃ、ないよね)」
悠真は「ぜんぶ知っていた」と言った。気弱なところがあるという桃華のことを「放っておいたらきっと
それは裏を返せば「放っておかなかった」という意味だ。「見て見ぬフリはしなかった」という意味だ。そして考えてみれば――真太郎と桃華が仲を深めた時、いつもそこには彼がいた。
桃華を〝
『俺は先輩として、いや大先輩として、お前が新たなアルバイトを連れてこられるかを見定める義務があるんだ』
『悪い、レストランは行けそうにない。今夜は二人で楽しんでくれ』
『……まあ、たまにはいいじゃねえか。お前ら全員成績良いから勉強教えて欲しかったんだよ、俺が』
『ば、馬鹿、そんな気遣うなよ! それにほらー……アレだ! 誰かが乗って夜景の写真撮ってきて貰わないとさ!? ほら俺ってすげぇロマンチストだし!?』
……大して気にしたことはない。けれどそうだと思えば、確かに不自然な点はいくつもあった。
真太郎は桃華のことを本当にいい友だちだと思っている。しかしそう思うに至った
――もしも悠真が居なかったら、二人は友だちにもなれていなかったかもしれなくて。
尋ねても彼は首を縦には振らないんだろう。いや、そもそも尋ねる必要などないのだ。現に今の真太郎にとって桃華は大切な友だちで、彼女に出会えて良かったと思っているのだから。たとえそこに彼の作為があったとしても、それによって誰かが不幸になったわけでもなんでもない。
不幸になった人間が居るとすれば……それは彼自身だけだ。
「……どうして、そんなに桃華のことが好きなのに」
随分長く考え込んだような、そうでもないような時間が経過した後、真太郎は静かに問うた。
「なのにどうして、
純粋な疑問だった。
同じようなことを考えたことがある真太郎でさえ結局のところは未来のことを諦め切れず、玉砕覚悟で今日の告白まで行き着いたのだ。それなのに、彼ほど相手のことを想う男がどうして身を引くことを選んでしまったのだろうか。
「……それ、もういろんな奴から聞かれたな」
悠真はやはり振り返らず、代わりにほんのわずかだけ
「……別にさ、大層な理由があるわけじゃないんだよ。俺は今でも桃華に告白する〝勇気〟なんてないし、だからって
「だったら、どうして……」
「だから言ったろ? 『俺はあの子に笑っていてほしい』、ってさ」
半歩動き、真太郎の瞳に彼の横顔が映る。
「好きな女の子には、一番笑顔でいられる場所に居てほしいじゃねえか」
それは
しかし続く言葉を聞き、やはり同じではないと――似て非なる
「
「……!」
その言葉を聞いて初めて、真太郎は本当の意味で悠真の気持ちを、覚悟を理解した。
「(全然違うじゃないか……なにもかも中途半端だった僕とは……!)」
ぎゅう、と拳を握り締める。
笑顔を失った未来になにもしてあげられず、それでも自分の恋を諦めることが出来ずに想いを伝え、結果無様に散った己と。
桃華のことを一番に考えたからこそ自ら身を引くことを選び、その後もずっと彼女のために尽くしてきた悠真。
……「〝身を引くことが出来る〟というのは、〝その程度の想いでしかない〟ということ」?
「(なにがだ……なにが〝その程度〟だ……!)」
彼がどんな思いで今日までを過ごしてきたかなど、真太郎には
なぜならそれは真太郎が悠真、そして彼の側に居る
『なんで……なんで
『あなたのことが、ずっと前から好きでした。私と付き合ってください』
『僕は今、誰とも交際するつもりはないんだ』
『――
『……
「――なにを
自分が犯した
〝あと一歩〟を踏み出せば変われると、自分のことしか考えていなかった過去の自分と決別できると思い込んでいた。
〝あと一歩〟を踏み出したのに駄目だったんだと、思い込もうとしていた。
「なにも変わっていない……僕は結局、自分のことしか考えていないじゃないか……!」
彼は自分を捨ててまで、他人のことさえ変えようとしたのに。
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