第二四〇編 対峙
★
「ご、ごめんね、変なこと言っちゃって……! わ、忘れてくれて、いいからっ……!」
涙ながらにそう告げて、少女が背を向けて走り去っていく。
「も、
彼はその背中に反射的に声と手を伸ばしかけて――しかし頭の中の冷静な部分がそれをピタリと制止した。
――今まさに交際を拒絶した相手を呼び止めてどうするというのか。掛けてあげられる言葉など、持ち合わせていないくせに。
「……」
彼――
「(……最低だ、僕は)」
桃華からの突然の告白に、彼が驚かなかったはずがない。大切な友人から唐突に想いを告げられたことに動揺がなかったはずがない。
瞬間的に様々な考えが巡った。いつからそう想っていたのだろうとか、二人で観覧車に乗った時、どんな気持ちで自分の背中を押してくれたのだろうとか――答え方次第ではもう友だちでは居られなくなるのだろうか、とか。
結果として桃華を泣かせてしまい……彼女は
いや、桃華のことだけではない。昨夜の
もっと上手いやり方があったはずだ。もっと上手い言い方があったはずだ。それなのに身勝手な言葉で彼女たちを涙させ、
この短い時間で、大切な繋がりを三つも失った。恋慕う幼馴染みの少女も、ずっと一途に慕ってくれていた後輩も、自分から望んで得たはずの仲間さえも。
「(ああ……僕ももう、消えてしまいたいよ)」
降っては
いっそ本当に消えてしまえたら、どんなに楽だろうか――
「真太郎おおおおおッッッ!!」
「ッ!?」
――そんな馬鹿げた現実逃避は、落雷のごとき絶叫によって打ち砕かれた。もはや自分一人しか居ないと思っていたこの屋上でいきなり浴びせかけられた大声に身体がビクッと硬直し、視界が一瞬だけ真っ白に染まる。そしてやや遅れて、痛みを生むばかりだと思い始めていた心臓が本来の役割を
「ゆ――
勢いよく振り返った先に立っていた少年の姿を認めて、驚きの声を上げる真太郎。対する少年――
「ゆ、悠真、どうして君がここに……と、というか今、どこから出てきたんだい……!?」
しかし悠真はその問いに答えることはせず、代わりに立ち尽くす真太郎にずんずんと詰め寄ると、右腕を伸ばして思い切り胸ぐらを掴み上げてきた。
普段から決して品行方正とは言えない彼だが、しかしここまで暴力的な振る舞いをされたことはこの半年の付き合いの中でただの一度もない。ゆえに当惑する真太郎に、少年は俯きがちに言ってくる。
「……んでだよ……!」
「えっ……?」
「なんで……なんで
「!」
その一言に、真太郎は大きく瞳を見開く。
「……見られて、いたんだね……ひょっとして、君は知っていたのかい? 彼女の――桃華の気持ちを」
真太郎が手を振りほどくこともしないまま問うと、悠真は歯を食い縛ったままグッと頷き、そして怒りに震えたような声音で静かに言ってくる。
「知ってたよ……俺は知ってたんだ、ぜんぶ」
「……?」
「ぜんぶ」という言葉の意味を
「桃華がお前のことを好きだってことを知ってた……お前と出会う前から」
「……えっ?」
「桃華がどんだけお前のことが好きかってことも知ってた……知ってたから、ずっと応援してきたんだ……! それが叶わない想いだって知ってても、それでも俺みたいになってほしくなかったから……!」
「な……にを言って……」
要領をえない言葉の羅列。しかしいつもは比較的冷静な彼がこうも取り乱しているという事実が、逆に真太郎を冷静にさせる。
こちらを睨む悠真の瞳の奥には――誰よりも大きな傷痕が浮かんでいるような気がした。
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