第二三九編 元凶


 私が桐山きりやまさんを敵対視する理由について粗方話し終えると、なぜか体育館裏には妙な静寂が訪れていた。

 お姉ちゃんは顔に手を当ててため息をついているし、当事者とも言える桐山さんに至っては私の言っていることを半分も理解できていないかのようなぽかーん、とした表情を作っている。……え? 人が寝不足の頭を回して話して聞かせたのに、なんだろうこの反応は……?


「あ、あの……」

「! な、なんですか」


 授業中、先生に挙手して発言の許可を得るときのようにおすおずと手を上げた桐山さんに、私は敵対的な態度は崩さないまま応答する。


「その……い、今の美紗ちゃんの話、私にはよく分からなかったんだけど……ま、まず一つだけ確認させてほしいことがあるんだ」

「ふ、ふんっ! まだしらばっくれるつもりですか! この期のに及んでなにを聞きたいって言うんです!?」

「えっと……し、真太郎しんたろうくんって――七海ななみさんのことが好き、なの?」

「はあ!? なにを言うのかと思えば……! あなただって知ってるんでしょう!? 真太郎さんが今日、お姉ちゃんに告白したこと!」

「え、えええええっっっ!? いや知らないよ!? 完全に初耳なんだけど!?」


 まるで真太郎さんがお姉ちゃんのことを好きだということ自体今知ったかのような反応で桐山さんが声を上げた。ま、まったく、演技力だけは無駄に高いらしい。


「えっ!? ち、ちなみにその……な、七海さんは、なんて答えたの……!?」

「し、しつこいですね! だから真太郎さんはフラれたと言ってるでしょ!? あなたのせいで!」

「えええっ!? ちょ、ちょっと待って、やっぱり美紗ちゃんの話、ぜんぜん意味が分からないよ!?」

「はあ!? 意味が分からないことなんてなに一つないでしょ! ねっ、お姉ちゃん!?」

「……やっぱりまた例の悪癖あくへきが出たのね、美紗」

「お姉ちゃん!? な、なに!? なんでそんな残念な子を見るような目で私を見るの!?」


 私の言っていることが分からないと言う桐山さんと、私のフォローをしてくれるどころか「やれやれ」とでも言わんばかりに瞑目して息をつくお姉ちゃん。そんな彼女たちの様子に、流石の私も自分はなにか間違ったことを口にしたのだろうかという不安が湧き出してくる。同時に以前真太郎さんに言われた『君は昔から、なにかと思い込みが激しいところが――』という言葉が脳裏をよぎる。


「……美紗、貴女の話はいちじるしく整合性を欠いているわ」

「そ、そんなことない! 桐山さんが真太郎さんをそそのかしたんだよ! だってそうとしか考えられないでしょ!?」

「それは貴女の主観的な立場から見て、でしょう。こと久世くせくんのこととなると先入観おもいこみ自己解釈きめつけばかりで広い視野を失う……悪い癖よ」

「……! だ、だけど……っ!」


「――お姉さんの言う通りだよ、美紗ちゃん」


 なおも食い下がろうとした私の言葉を、後ろから聞こえてきた声が遮った。

 見ればそこに立っていたのはまさしく今の話に出てきたギャルな先輩――金山かねやまやよいさん。彼女の登場に視界の端で桐山さんが目を見開くのが見える。


「や、やよいちゃん!? な、なんでやよいちゃんまでこんなところに!?」

「いや普通追いかけるでしょ、告白に行った親友が泣きながら走り去ってったら。七海姉妹まで居るとは思わなかったけどね」


 どうやら近くに隠れて話を聞いていたらしい彼女は、行儀悪くブレザーのポケットに手を突っ込んだまま私に目を向けてきた。相変わらずやけに迫力のあるたたずまいに気圧けおされつつ、しかし私はキッ、と鋭い目で彼女のことを睨む。


「か、金山さん……! よ、よくものこのこと私の前に出てこられましたね!? 私のことを騙したくせに!?」

「だからそれは誤解だってば。今お姉さんにも言われたでしょ」


 私の噛み付きを軽くなし、ギャルな先輩はお姉ちゃんの方を見た。


「……その様子だと、貴女はすべて知っていたようね」

「……ま、鹿が知ってたことなら大概、ね。あんたの可愛い妹ちゃんがここまでポンコツだとは思ってなかったけど」

「なっ……!? そ、それ私のこと!? 誰がポンコツですか!?」

「いやどう見てもポンコツでしょ。遊園地の時といい今といい……なんなの、なんか勘違いしないと生きてけない呪いにでも掛かってんの?」

「どういう意味ですか! 私は勘違いなんてしてません!」

「うん、それがもう勘違いだけどね」


 すると金山さんは「ふう」と息を吐き出し、次の瞬間には真面目な顔をして私とお姉ちゃん、そして桐山さんの顔をゆっくりと見回した。


「……でも今回については美紗ちゃんだけが悪いとも言えないね。きっと私も言葉が足りてなかったし――あんたたちの恋は、

「……」

「……?」

「ど、どういう意味ですか?」


 疑問符を浮かべたのは私と桐山さんの二人。お姉ちゃんはいつも通り無表情のままだが……今の言葉の意味を理解できたのだろうか?


「ねえ七海さん。――だよ」

「!」


 やはりよく分からないことを言う金山さんに、しかし今度は確かにお姉ちゃんの瞳が揺れた。


「その後桃華が泣きながら下りてきたわけだけどさ……鹿、そのまま引き下がると思う?」

「……。……いいえ、それはないわ。は本当に愚かだもの」

「だよね」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! なんの話!?」

「や、やよいちゃんも、なにを言ってるの?」


 しかし私と桐山さんの疑問は解消されることなく、代わりに金山さんが「ううん、なんでもないよ」と首を振る。


「結局どっかの馬鹿が一番、話をややこしくしてるんだよねってこと」

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