第二三八編 怒りの理由
「だから」
静かに話を聞いてくれている
「あなたが
改めて断っておこう。私は今でも別に桐山
それでも私がこうして桐山先輩の味方である金山さんに頼んだのは、少なくとも同じ人を好きになった者として、真太郎さんを不幸にすることは本望ではないはずだと信じたからだ。
今のお姉ちゃんと真太郎さんは友だちでもなければ赤の他人でもなく、一方は無関心で一方は強く恋い焦がれるという複雑な間柄。そしてそれは外野からのふとした衝撃ひとつで簡単に崩れかねない砂城の関係である。私が大好きな二人のことなのにあくまで不干渉を貫いてきたのも、無理に関係の進展を図ればむしろ彼らの間に修復不可能な決裂をもたらしかねないからこそ。
もしもそんなことになったら、お姉ちゃんはともかく真太郎さんは深く――深く傷付くだろう。私は、好きな人のそんなところなんて見たくなかった。
私の人生における最優先事項は〝大好きな真太郎さんとの恋を叶えること〟。そして私が大好きな真太郎さんとは、優しい笑顔で笑うあの人のこと。
傷付き、無理な笑顔を浮かべる真太郎さんと結ばれたってなんの意味もないのだ。
それはきっと、世の中の正しく恋をする人たち皆の共通認識だと思う。恋に生きる者は皆、好きな人の幸せをも願っている。真太郎さんを傷付けたくない私も、お姉ちゃんの笑顔を取り戻したい真太郎さんも。あとは……好きな人の幸せのために自分の幸せまで投げ捨てる
あの人はいくらなんでも極端すぎると思うけれど、でも自分の恋のために好きな人の恋路を遮りたくないという気持ちは――私にも分かる。
「……そっか」
私が話し終えると、茶髪ギャルの先輩はフッ、となにやら私の顔を見てニヤリと笑った。その似合わない仕草になんとなく背筋をざわつかせる私。
「な、なにニヤニヤ笑ってるんですか、なにを企んでいるんですか!」
「いやなんにも企んでないわ。……
「……?」
意味深な言葉に、私は自分が今褒められているのか、それとも馬鹿にされているのかも読み取ることが出来なかった。なんならその両方の成分が混じっているような気もしなくはないけど……。
「安心していいよ。さっきも言ったけど、別にヒトのデリケートな話題を言い
「……いいんですか? こんなこと頼んでおいてなんですけど、真太郎さんがお姉ちゃんのことを好きな限り、桐山先輩の恋は叶わないってことなんですよ?」
「まあ、ね。でもいいんだ。どっちにしても私のやることは変わらないし……ね」
やや歯切れ悪く頷く金山さんに、なんだか妙な違和感を覚える。私は真太郎さんたちが観覧車に乗る直前まで騙されていたが、この人は小野さんと一緒で桐山さんの恋を叶えたいんじゃなかったのだろうか?
この人がわざわざ本人たちに黙って遊園地までついてきたのだって桐山さんのためだったはずなのに……なにかが引っ掛かる。
これではまるで――金山さんは桐山さんの恋が叶わなくても別にいいと思っているみたいじゃないか。……そんなこと、あるはずがないよね……?
「それじゃ、私はもう帰るよ」
「……へっ? えっ、も、もう帰るんですか!?」
「うん。桃華たちも出るみたいだし、私だけ残ってても仕方ないからね」
動揺する私にさっさと背を向け、背中越しにひらひら手を振って歩き去っていく金山さん。
「(『私のやることは変わらない』って……どういう意味だろう……?)」
一人残された私は気になったことを聞きそびれてしまい、悶々としつつも仕方なくお姉ちゃんたちの方へ視線を戻す。
見れば、ある意味お姉ちゃんにフラれた真太郎さんのことを小野さんと桐山さんが励ましているところだった。……気になると言えば、どうして真太郎さんは突然「名前で呼んでほしい」なんてことをお姉ちゃんに言ったんだろう?
その時の状況と反応を見た限り、今までのように小野さんが一枚噛んでいるというわけじゃ無さそうだった。逆に桐山さんはなにか
「(……はっ!?)」
そこまで考えたところで、私の灰色の脳細胞が直感的にある答えへと辿り着いた。
「(ま、まさか……桐山先輩も気付いてたの……? 真太郎さんが、お姉ちゃんのことを好きだってことに……!?)」
そう考えれば色々と辻褄が合う。
金山さんがあっさり私の要求を飲んだのは、わざわざ彼女の口から教えなくても桐山さんはとっくに真太郎さんの気持ちに気付いていたからで。
「私のやることは変わらない」という発言の意図は――この状況はもう既に桐山さんに都合の良いように動いているから……!?
そして真太郎さんのことが好きな桐山さんにとって好都合とはつまり――真太郎さんにお姉ちゃんのことをさっさと諦めさせること。
「(そうすれば真太郎さんに告白する上で一番大きな障害がなくなるから……!)」
ギッ、と奥歯を噛み締める。
要するに桐山さんは観覧車の中で真太郎さんにお姉ちゃんと話をするよう
そこまで行かずとも、傷付いた真太郎さんを慰めることで好感度を稼ぐつもりだったに違いない。見れば今まさに、小野さんと二人で真太郎さんの肩を叩いている桐山さんの姿が目に入った。
「(信じられない……ッ! 自分の恋のためなら、真太郎さんがどれだけ傷付いてもいいっていうの……!?)」
前々から臆病な卑怯者だとは思っていたが、まさかそこまで最低な
激しい怒りに包まれた私がその後、遊園地から帰宅途中の彼女を待ち伏せし、正面から言いたいことをぶちまけてやったことは――桐山さん自身も知っている通りだ。
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