第二三七編 ただ一人
★
「――
あの日、あの忌まわしき遊園地の日。
我が子の初めてのおつかいを見守るかのような気持ちでお姉ちゃんの監視をしていた私は、悪魔ギャルこと
閉園時間も近くなり、お姉ちゃんたちが帰ろうとしている中、いきなりそんな核心をついた質問をされるとは思わず、かなり動揺したことを覚えている。そしてそんな私の反応を見て、金山さんは「……やっぱりそうなんだね」と呟いた。
「な、なんで分かったんですか……?」
「そんなわけないじゃないですか」などと言って否定する手もあったとは思うが、やけに確信ありげな口振りからしてとぼけても言い逃れは出来そうにない。そう判断した私は、せめて情報の出所を探ることを試みた。
するとギャルな先輩はちらりと少し離れたところに固まっている四人、すなわちお姉ちゃんと真太郎さん、そしてお姉ちゃんの友人である
「んー、まあ今日一日見てたら、結構露骨に好意ちらつかせてたからね彼」
「うっ……ま、まあそう、ですよね……」
真太郎さん本人は隠しているつもりなのだろうけれど、嘘が苦手なあの人の気持ちは正直かなり分かりやすい。この日はお姉ちゃん唯一の友だちである小野さんも一緒だったから特に露骨だったように思う。金山さんはなかなか優れた洞察力を持っているみたいだし、バレても仕方ないのかもしれない。
「……あの、金山さん。このことはあまり他言しないで貰えませんか?」
「? そりゃわざわざ言い
「それは……」
――私は真太郎さんのお姉ちゃんへの想いについて、不干渉を貫くことに決めている。何故ならそれがどれほど純粋で、どれほど大切な想いなのかを知っていたから。その想いこそが、真太郎さんを真太郎さんを足らしめたのだと知っていたから。
少し昔の話をしよう。私が物心ついてすぐくらい、私たち姉妹がお
そして――お姉ちゃんがまだ笑顔を失う前の話。
当時の私はいわゆる〝おませさん〟だった。以前小野さんと話をした際、彼は自分の恋心について「気付いたときにはもう好きだった」と言っていたが、私も同じ。気付いたときにはもう、真太郎さんのことが好きだったのだ。
記憶にある限り、真太郎さんとの最初の思い出は若かりし日のお祖母ちゃんに連れられて行った近所の公園だった。まあ公園と言っても住宅街にありがちな、遊具らしい遊具のない小さなもの。出来る遊びなんて砂山作りとおにごっこくらいだったような気がするが。
とにかく当時の私は既に真太郎さんのことが好きで――お祖母ちゃん曰く、物心がつく前から遊んでもらっていたらしい――、そして真太郎さんもお姉ちゃんのことが好きだった。……いや、この表現では少し言葉が足りない。なぜなら当時、同年代の子どもたちの中にお姉ちゃんのことを好きじゃない人なんて居なかったから。皆、太陽のように笑うお姉ちゃんのことが大好きだった。もちろん私も含めて。
だから、というべきなのだろうか。当時の私はそこまで真太郎さんのことを特別に見ていなかったと思う。いや、好きは好きだったのだがなんというか……〝お姉ちゃんを好きな人の中では一番好き〟というか。端的に換言すれば、お姉ちゃんを除いた中で好きな人が真太郎さんだった感じ。まだ恋愛の〝れ〟の字も知らない子どもにとっては珍しくもない話だと思うけれど。
私にとって真太郎さんが特別になったのは、お姉ちゃんが笑わなくなって――
あの頃のお姉ちゃんのことは、今思い出しても
そんなお姉ちゃんからかつて一緒に笑い、遊んだはずの〝おともだち〟が離れていくまでそう時間はかからなかった。
――真太郎さん以外は。
あの人だけだった。変わってしまったお姉ちゃんのことをずっと好きで居続けてくれた人は。
あの人だけだった。お姉ちゃんがまたあの頃のように笑う日を心待ちにしてくれている人は。
あの人だけだった。私の大好きなお姉ちゃんのことを嫌いにならないでいてくれた人は。
あの人だけ――真太郎さんただ一人だけだったのである。
今でこそ真太郎さんは勉強もスポーツも完璧な人と思われているけれど、あの人は最初から完璧だったわけじゃない。少なくとも記憶の最初にいる彼は、本当にどこにでもいるような普通の子どもだった。
つまり、すべては完璧なお姉ちゃんに並び立つために。真太郎さんが努力の末に身につけたものなのである。
「――だから私はどんなに真太郎さんのことが好きでも、真太郎さんに振り向いて貰おうとは考えても……真太郎さんにお姉ちゃんのことを諦めさせようとは考えません」
だって私が好きになったのは、お姉ちゃんのことを想ってくれる久世真太郎さんだから。
その気持ちを自分のために奪うなら、彼のことを好きになった意味がないから。
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