第二二九編 最後の役者
★
「お嬢様ーーーッ!! 大変申し訳ございませんッ! 交通事故の影響で道路が渋滞しており、到着が遅くなってしまいましたッ! この
「……いえ、貴女に一生の不覚があるとすれば大声を上げて私を衆目に晒させている今この瞬間だと思うけれど」
大きな傘を片手に
そんな主人の
「おや? お、お嬢様、そちらの傘はいったい……? 今朝、左様な傘はお持ちになっておられませんでしたよね?」
「……なんでもいいでしょう」
「いえしかし、私の記憶が正しければそちらの傘は以前
「どうしてそんなどうでもいいことまで
相変わらず
「……本郷。悪いけれど、帰るのはもう少し後にしてもいいかしら」
「? はい、お嬢様さえよろしいのであれば私の意思など問うていただくまでもありませんが……なにかご予定でも?」
「……ええ、少しだけ」
「……かしこまりました、お嬢様」
そう答えて微笑むと、本郷は静かに頭を下げた。
普段の本郷ならば「お体に
「……本郷、一つ聞かせて頂戴」
「はい、なんなりと」
即答した本郷に、未来は彼が走り去った校舎の方を見つめたまま問い掛ける。
「――貴女は、誰かに恋をしたことがあるかしら」
「……。……はっ!?」
まさかこの主人がそんなことを聞いてくるだなんて予想だにしていなかったのか、基本的に冷静沈着な従者は珍しく動揺を表に出した。
「わ、私の聞き間違いでしょうか? い、今お嬢様に『恋をしたことがあるか』と問われたような気がするのですが……」
「ええ、そう聞いたわ」
「聞き間違いじゃなかったんですね!? ど、どうしましょう、すぐに病院へ……いえ、かかりつけのお医者様に連絡をッ!?」
「どうしてそうなるのよ。やめなさい」
わたわたと携帯電話を取り出そうとする本郷を制し、そして今度は真剣な瞳で彼女を見つめながら問う。
「本郷。貴女は恋をしたことがあるの?」
「い、いえ、私は学生時分から訓練漬けの日々を送って参りましたのでそのような経験はありませんが……」
「……そう」
「ど、どうしてそのようなことを? もしや、昨晩の
「……そうね。あの子のこともそうだけれど……」
そこで言葉を区切った未来は今朝の
「(……やっぱり
感情論に理屈を求めるのが不毛なことだというのは理解している。だが無意味なことに時間を使うなんて――
「(いえ……『無意味』というなら今の私だってそう、なのでしょうね)」
走っていってしまったあの少年のことを、意味もなくここで待っているのだから。
預かった傘を返すため……なんて馬鹿みたいな言い訳が通るわけもない。そんな理由で今ここに居るわけではないことくらい、自分が一番よく分かっていた。
どうして先ほど彼の背中を押すような真似をしたのだろう、と自問する。冷静に考えれば、彼を
それに直後、未来が胸の奥に感じた微細な
「(……
それが知りたくて、未来は今ここに立っているのかもしれない。
彼が戻ってきたら、彼らの恋愛劇に決着がついたら――
そんな風に考えていた未来の耳に、不意にかすかなエンジンの音が聞こえてきた。目を向ければ正門外の道路脇に停めてある本郷の車の後ろにもう一台、よく似た高級車が停車されている。
「――お、お嬢様、本当によろしいのですか?」
「いいって言ってるでしょ……あなたはここで待ってなさい」
次いで聞き慣れた声が聞こえてきたことで確信した。あの車は
「……美紗」
「! ……お姉ちゃん」
視線の先に立っていた妹――七海美紗は、酷い
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