第二二一編 懺悔


「し――真太郎しんたろう……」


 屋上へ続く階段を下りてきたイケメン野郎を見て、俺はほぼ無意識下で彼の名を呟いていた。


「……悠真ゆうま……」


 力なく笑みを浮かべる彼の表情は暗い。その一枚かぶせたような笑顔を取り除いた奥にあるのは、おそらく失意の色。

 それはかつて桃華ももかが初恋に落ちたことを知った日、鏡の中に映る男が浮かべていたものと同じ顔だった。だからこそ、俺は即座に察することが出来たのだろう。


 ――彼の告白が、もうことを。


「よ……よう、真太郎。な、なにしてんだよ、そんなとこで……」


 そう理解していながら、俺は気付いていないフリをしようとして……ゆっくりと頭を振る。

 そして一言「悪い」と呟いてから、しっかりと彼の目を見て言った。


七海ななみと、話してきたんだな」

「……うん」

「結果は……いや、聞かないのが優しさか、これは」

「ははっ……それはそれで残酷だけれどね」


 彼らしくもない、自嘲じみた笑い方。それだけでもう、答えとしては十分すぎた――久世くせ真太郎の七海未来みくへの告白は失敗したのだと。


「……そうか」


 小さく呟き、俯く。心にズシリとした重石おもしでもくくりつけられたような気分だった。

 内心ではおそらく失敗するだろうと分かっていた。それでも真太郎の苦い表情を見ていると、何故だかあの頃と同じように胸が痛む。


「(……ああ、そういえば俺……誰かがフラれたところを見るの、これが初めてかもしれない……)」


 勿論テレビドラマや映画のワンシーンではいくらでも見た覚えがある。それに現実でも、真太郎に告白してあえなく玉砕した名も知らぬ女子の姿を目撃したことはある。

 けれどそんな赤の他人ではなく、親しい友人が告白し、そして失恋する場面に出会でくわすのはこれが初めてだった。


 ――想像以上に、


「……そんな顔をしないでくれよ、悠真」

「!」


 真太郎に言われて、俺はハッとする。見れば、彼は「君にそんな顔をされると、余計につらくなってしまうよ」と苦笑していた。

 ……俺は今、どんな顔をしていたんだろうか。


「……アホ言え。じゃあゲラゲラ笑えってのかよ?」

「そ、それは極端すぎるけれどね?」


 イケメン野郎はそう言うと、少しだけ気を抜いたように一息ついてから続ける。


「……ごめん、悠真。僕……僕は本当は、君のことをどこか恋敵のように思っていたんだ」

「……は?」


 こ、恋敵? と馬鹿みたいに復唱する俺に、しかし真太郎は真面目な顔でこくりと頷く。

 いや……俺が桃華関連で真太郎をライバル視するのは分かるが、その逆はあり得ないだろう。自分で言うのもなんだが、俺と真太郎では勝負にもならない。顔も性格も能力も、そのすべてにおいて俺は彼より劣るのだから。


「……昨日話したよね。遊園地の観覧車で桃華と話したこと――君は未来を孤独から救ったのに、僕はなにも出来なかったって」

「あ、ああ……まあ、聞いたけど……」


 その「孤独から救った」というのは、俺にはイマイチピンとこなかったが。

 確かに今でこそ俺と七海は友だちだが、その発端はあくまで契約的な関係――というか契約関係そのものだったのだ。別に高尚な意思に基づいて彼女と交流していたわけではない。それをあたかも〝救済〟したかのように表現されてもな……。


「僕は――君に敵わないと思っていた」


 内心を暴露してきたイケメン野郎に、俺は思わず目を見開く。


「いや、今でも思っている。君と出会ってからずっとだ。僕は悠真、君に勝てた試しがない」

「ま、待て待て待て!? 何言ってんだお前は!? つーかなんの話これ!? こ、告白のテンションで頭おかしくなってんじゃねえのか!?」

「あるいはそうかもしれない!」

「そうかもしれないの!?」

「でも! ……これは、今言っておかなければいけないことだと思うから」


 そして真太郎は――ぐっと頭を深く下げた。


「すまない、悠真……僕は未来に交際を断られて――その時、最低なことを口走ってしまったんだ」

「最低なこと……?」


 え、なんだ? まさかフラれた腹いせに「僕みたいなイケメンを袖にするなんて、未来きみは本当に見る目がないよ!」とか言っちゃったのか……? などと、真太郎の性格的にあり得ないことを思い浮かべる俺。

 当然そんなはずもなく、イケメン野郎は頭を下げたまま懺悔するように告げてくる。


「僕は……僕が受け入れられなかった原因を悠真きみのせいにしようとした。今の未来には悠真きみがいるから、僕では駄目なのか、と……」

「え……?」

「本当にごめん……。僕は……自分が彼女に相応しくなかっただけのことを認めるのが怖くて……あろうことかそれを君のせいにしようとしたんだ……!」


 ギッ、と、彼が奥歯を噛み締める音が響く。


「僕は最低だ……未来に嫌われるのも当然だよ……」


 そんな彼の言葉を聞いて、俺はどう言葉を返せばいいのかも分からなくなってしまった。

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