第二二〇編 「要らない」
★
「――
幼馴染みの少年からそう告げられても、その美しい少女の瞳には一切の動揺も浮かばなかった。彼女はただいつも通りの無表情のまま、彼に問い掛ける。
「……あの子を袖にしたのは、それを私に伝えるためかしら」
「えっ……あ、ああ。……そうだね」
告白の返事より先にそんなことを聞いた未来に
「どうやらもう知っているみたいだけれど、僕は
「……」
「美紗が向けてくれた真っ直ぐな気持ちに答えも出さずに、君に想いを告げるような僕ではいけないと思った。僕が好きなのは――未来だから。美紗の気持ちには、
「……」
好きなのは
「未来。ぼ――僕は初めて会ったあの日から君のことが好きだった。あの日の君の、太陽のような笑顔に心底惹かれたんだ」
いつも余裕の笑みを浮かべ、友人の少年から〝イケメン野郎〟と呼ばれている彼は、柄にもなく緊張と羞恥の混じった色を頬に浮かべて続ける。
「君が笑わなくなってしまったことが悲しかった。いつの日か、僕が君の笑顔を取り戻したいとずっと思っていた。今の僕はまだ未熟で、君の隣に立つには足りないかもしれないけれど――でも君を想う心だけは誰にも負けない自信がある」
その声には一切の迷いもない。きっと
「だから、どうか僕を君の側に置いてほしい。そしていつか――ずっと先になってもいい。また僕にあの日の君の笑顔を見せてほしいんだ。そのためなら……そのためなら僕はなんだって――!」
「要らないわ」
――一蹴。それで終わりだった。
長きに渡り募った想いを吐き出す少年の告白は、少女から告げられたそのたったの五文字で強制的に終了させられた。
彼に与えられた五分はまだ半分も経過していなかっただろう。それでも未来はもうこれ以上話すことはないとばかりに、真太郎を視界外に追いやり、教室へ戻るべく歩き出す。
「ま――待って、くれないか」
震える声が、背中から聞こえてきた。
「ど……どうして……どうして、駄目なんだい……?」
聞きようによっては情けなく、そして往生際の悪い言葉だ。未来からしてみれば、返答してやる義理などない。
告白に対する返事はしてやった。いや、贈られたラブレターを読まずに捨てる普段の彼女を思えば、妹のことがあったとはいえこうして呼び出しに応じただけでも破格の対応だったと言えよう。
ゆえに、これ以上言葉を返してやるつもりはない。未来は真太郎を無視して屋上から出ようとして――
「やっぱり――今の君には
――ピクッ、と、錆び付いた鉄扉に向けて伸ばされた少女の腕の動きが止まる。
真太郎の言葉はきっと、口をついて出ただけだったのだろう。深い意図や勘繰りのために放たれた言葉ではなかったはずだ。現に、少女の視界の外で彼はハッとしたように後悔の表情を浮かべる。
だが時既に遅し――その一言を受けた美しい少女の瞳に、静かな炎が揺らいだ。
「……
「ち――ッ!?」
「違う」と言おうとしたのだろう。しかし振り返った未来の目を見て、真太郎は金縛りにでもあったかのようにその動きを止めた。
それも致し方ない。少女の真黒の瞳の奥に浮かんでいたのは、思わず凍りついてしまうほど激しく燃え盛る怒気の炎。彼女に迂闊に声を掛けた際に向けられる殺気立った視線さえ可愛く思えてくるほどの。
「勘違いをしているのなら正してあげるわ」
冷徹な声で、未来が静かに告げる。
「私は他人を相対的に評価したりしない。私が貴方に『要らない』と言ったのは、単に貴方自身にそれだけの価値を感じないからよ。それ以外に、なんの意味も含まれてなどいないわ」
厳密に言うなら、それは嘘だった。
なぜなら真太郎の告白の言葉を聞いた時――『あの日の君の笑顔を見せてほしい』と言われた時、未来の脳裏には確かに悠真の顔が
過去の
そして、そんなたった一人の友人の姿と見比べたとき――過去の、周囲に笑顔を振りまいていた頃の
結局彼も、今までの連中と同じだ。自分のことを外見だけで判断する薄っぺらい連中と。
「……要らないのよ、そんなの」
そう呟いた未来の声は、厚い雲に覆われた雪の空に消えていった。
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