第二一二編 聞きたくない

「あっ、真太郎しんたろうさん!」

「! み、美紗みさ……」


 数分後、門の前に現れた憧れの人に、美紗は満面の笑みとともに声を掛ける。

 小さな袋を手にした彼は今日も最高に格好良く、そして待機していた美紗に驚いた様子だった。


「ご、ごめん、待たせちゃったかな。家の中で待っていてくれればよかったのに……」

「いいんです、真太郎さんに会うのが待ちきれなかっただけなので!」

「……そう、なんだね……」


 いつも通り、好意の一切を隠そうともしない美紗。対する真太郎はといえば――ただなにやらつらそうな、心苦しそうな表情で、美紗のことを見下ろしている。普段の彼なら苦笑しているであろう場面だけに、美紗は今日の真太郎の様子にわずかな違和感を覚えたが……つとめて気にしないように話を続ける。


「え、えっと……それで真太郎さん、話ってなんですか?」

「あ、うん。まずは……これを」


 内心では分かりきっていることを問うた美紗に、真太郎は手にしていた紙袋を静かに差し出し、そして小さく微笑んだ。


「バレンタインデーのお返しにと思って買ってきたんだ。用意に時間がかかっちゃって、こんな時間になってごめんね」

「い、いえ! 全然大丈夫です! ありがとうございます、真太郎さん!」


 受け取った紙袋を胸に抱きながら、笑顔でお礼を伝える。中身が気になるところだが、大人オトナのレディーとしてプレゼントをその場で、本人の目の前で開封するような真似は出来ない。それは部屋に戻るまで我慢だ。


「……美紗」

「? なんですか?」


 突然真剣な声で名を呼んだ真太郎に、美紗はきょとんとしつつ返事を返す。


「……君は毎年、バレンタインデーが来るたびに僕に好きだと伝えてくれたね」

「えっ……は、はい」

「その気持ちは……あれからも変わらないかい? 君は……今も、僕のことを好きでいてくれているのかな」

「えっ、えええっ!?」


 なにこの展開っ!? と、美紗は動揺のあまり思わず大声を上げてしまう。なぜこのホワイトデーに、そんなことを確認するのか。

 そんなの、まるでこれから彼に告白されるかのようではないか。


「(い、いや待て落ち着け私! 相手はあの真太郎さんよ、そんな美味しい展開にはなるはずがないわ!?)」


 真太郎のことを信頼しているのかしていないのかよく分からないことを考えつつ、内なる彼女が己を律する。

 そうだ、そもそも彼はまだ姉の――未来みくのことが好きなはず。それなのに美紗に告白などしてくるわけがないのだ。危うくぬか喜びするところだった彼女は、胸の中の紙袋が変形するほどぎゅううっ、と自分の身体を抱き締めることでどうにか平静を取り戻す。


「……す、好きです」


 やがて美紗は、一月ひとつき前と同じように顔を真っ赤にしながら言う。


「私は……真太郎さんのことが大好きです……これまでも、これからも、ずっとずっと、あなたのことを好きで居続けると思います」


 もしあなたがこの先一〇年振り向いてくれないと言うなら、二〇年後、三〇年後になったっていい。


 ――あなたが最後に私のことを見ていてくれるなら、それでいい。


「……そうか」


 しかし――そんな美紗の一途な告白を聞いた真太郎は、やはりひどく辛そうな、心苦しそうな顔をしていて。

 そこでようやく美紗は気付いた。彼がいきなりこんなことを聞いてきたのは、まさか……。


「……美紗。実は今日ここに来たのはもう一つ……どうしても君に言っておきたいことがあったからで――」

「そ! そういえば!」


 美紗は真太郎の声を遮るように手をぱちん、と叩きながら思い出したように声を上げる。

 本能が告げていた――を聞いてはならないと。


「き、今日たまたま街で小野おのさんに会ったんですよ! 最悪ですよね、どんな確率なんでしょう!?」

「……美紗」

「で、ですけどやっぱりあの人だって一応来年から先輩になるわけですし、無視するわけにもいかないじゃないですか! だから私、仕方なく家に上げてあげたんですよね!」

「美紗」

「そしたら! お、お姉ちゃんが『なんでここにいるのよ』ーって怒り出しちゃって! でも小野さんってばひどいんですよ! 私に責任転嫁して、結局私がお姉ちゃんからグリグリ攻撃を――!」


「――美紗、聞いてくれ」

「…………」


 歪な笑顔で捲し立てるように話していた美紗は、真太郎の言葉にようやく口を閉じた。胸に去来するのは虚しさと――往生際の悪い美紗じぶんに対する嫌悪感。

 それでも聞きたくなかったのだ。これまでだって、彼に想いを告げることはあってもだけは聞かないようにしてきたのだ。

 だって分かりきっていたから。今の彼からを聞いても、美紗にとって喜ばしいものではないことくらい。を聞けば――割り切れなくなってしまうことくらい。


「……美紗。僕は君の気持ちを、心から嬉しく思っている」


 だから聞かないようにしてきたのだ。を――


「だけど……ごめん。僕は君の気持ちに応えてあげることは出来ない。僕は――君の恋人にはなれない」


 ――告白への返答を。

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