第二〇九編 同轍
……どうやら、俺の耳はどうにかなってしまったようだ。いや、無理もない。今日はバイト上がりに生意気な中学生にバッタリ遭遇し、どこぞのイケメン野郎に関する重大な事実が発覚したかと思えばご本人様登場からのどういうわけか突然告白を決意あそばされてしまったりしたわけで。
赤の他人が聞いたらワケが分からない情報量だろう。というか俺自身まったく整理がついていないくらいだ。そりゃあ耳の一つや二つくらいおかしくもなるというもの。
「……悪い
『
「……フー……」
もう一度聞いてみたが、やはり調子が悪いらしい。いやはや、俺は自分の能力を高く評価したことなど人生で一度もないつもりでいたのだが……どうやら俺という人間は自己評価よりもさらにポンコツだったらしい。
唇を尖らせた俺はゆっくりと長く息を吐き出し、そして続いてゆっくりと空気を吸い込み――もうとっくに容量がパンクした頭を酷使して静かに電話の向こうのギャルに問う。
「…………なにがあった?」
『……意外と冷静なんだね。もう少し取り乱すかと思ってたけど』
「いや、取り乱すもクソも……」
もはや仰天のリアクションをとる余裕すら残っちゃいないだけだ。
あの桃華が、あの
いっそ全部嘘だと言われても「だろうね」と即答出来そうなくらいだが……残念ながら
そんな女がこんな時間にわざわざ電話で伝えてきた時点で、その信憑性は担保されたも同然だった。この電話がしょうもない嘘をしょっちゅう吐くうちの店長からだったらどれだけ気が楽だったことか。
『――私が、あの子の背中を押した』
――まるで
真太郎に告白したら・しなかったらと悩む彼女の話を聞いたこと。
彼女に「どうなりたいのか」と問うたこと。
どうなれたら
そしてその結果……桃華は自らの意思で告白を決意したのだということ。
過程に違いはあれど、彼女もまた真太郎と似たような考え方を辿ったわけだ。
「……しかし、あの遊園地にお前まで来てたなんてな……
『まあ、あの子とはたまたま居合わせただけだけどね。……ごめん、裏でコソコソしたりして』
「別に謝らなくてもいいけどよ……でも俺にくらい言っといてくれれば良かったのに。絶対その方が動きやすかっただろ」
『いや、その時点の私、まだ〝どっちつかず〟の状態だったから……』
「は? なんだよそれ?」
『……なんでもないよ。そっちはもう済んだ話だし』
よく分からないことを言った後、彼女は『とにかく、そういうわけだから』と話を畳みにかかってくるので、俺は慌ててそれを引き止める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! そ、その……も、桃華が真太郎に告白するのは流石に時期尚早なんじゃないのか……?」
『……
「――いやそうじゃなくてよ! えーっと、その……」
真太郎が七海のことを好いているということを伝えるべきか伝えないべきかで悩む俺。むやみに人の恋愛感情を広めるのはどうかと思う一方で、このまま桃華が想いを伝えてしまえば間違いなく彼女はフラれてしまうだろう。桃華のことだけを考えるなら……いやしかし……と優柔不断に悩んでいた時だった。
『――久世が七海
「!?」
金山の声に、俺は電話越しに瞳を大きく見開く。
「…………知ってたのか」
『……まあね。遊園地でもしやと思って、
「……」
それを聞いて、俺はぎゅうっと拳を握りしめた。
なぜならそれはつまり――金山は真太郎の気持ちが決して桃華に向いてはいないと知った上で、彼女の背中を押したということに他ならないからだ。
――桃華がフラれる可能性が高いと分かった上で。
「……なんでだよ……そこまで分かってんのに、なんであの子を止めなかった……!?」
『……』
口調を荒げる俺に、金山はなにも答えない。それに苛立ち、俺は通話口に向けて続ける。
「知ってたなら、止めることだって出来たはずだろ……別に今すぐ告白させなきゃならない理由なんてなかったはずだ……なのになんで止めなかった……? なんで――」
『もしも仮に』
俺の言葉を遮り、悪魔ギャルが
『……もしも仮に、私が久世の七海未来に対する気持ちを桃華に伝えたら、あの子はどうすると思う――桃華の久世に対する気持ちを知った時、アンタはどうした?』
「!」
――一〇年の片想いを諦め、失恋した。
想いを告げることも出来ないまま、ごくあっさりと。
『……あの子はアンタと違って強い。七海美紗が……
「……」
呆れたような声色を作る金山は、小さく鼻を鳴らす。
『……
そこには桃華の幼馴染みとして、彼女の親友としての覚悟があったのかもしれない。金山やよいはもう既に俺を――告白も出来ぬまま恋を終えた者の末路を知っているから。
『……私はもうこれ以上、馬鹿な幼馴染みの姿を見るのはゴメンだよ』
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