第二〇七編 寒空の下で
バス停側のコンビニ前から少し移動し、俺たちは近くの公園までやって来ていた。といっても住宅地によくありがちな、中途半端に余ったデッドスペースを無理やり公園にしたようなしょぼい公園である。遊具らしい遊具は色の
高校生男子二人が立ち入るにはかなり場違いな所だが、少し話す程度のことでわざわざ真太郎の家にお邪魔するのも申し訳ない。というかそのパターンは今日既に一度やっている。こんな冷え込む夕暮れ時に相応の子どもたちが訪れることもないだろうし、短い間だけここにお邪魔させてもらうことにしよう。
「……ごめんね、
「いや、忙しいだろうにはこっちの台詞だけどな」
前後に揺れるだけのつまらない遊具の一つに腰掛けつつ答える。なにせこの男にはこの後、大量のバレンタインデーチョコのお返しを包装するという内職じみた苦行が待っているわけだし。
俺が謎に張り詰めた空気をどうにかしようと半分冗談のように言うと、イケメン野郎はほんのわずかに頬を
「話というのは、他でもない……
「(でしょうね)」
それは容易に想像がついていたことだ。むしろこの流れで「妹たちと喧嘩してしまって……」と言われた方がよほど驚く。
「……悠真。君は僕の大切な友だちで……大切な仲間だ。僕は、たぶん君が思っているよりもずっと君に感謝しているし――尊敬している」
「は、はあ? なんで……い、いや、まずは全部聞くよ。続けてくれ」
正直、俺が彼に感謝や尊敬をされる要素などまるで思い当たらないのだが、いちいち話を止めるのもテンポが悪い。そう考えて先を促すと、彼はコクリと頷き、そして続ける。
「だから僕が今から話すことは、君を信用してのことだと思ってほしい……出来れば、他言も控えて貰えると助かるよ」
「……ああ、分かった」
この時点で、俺はなんとなく彼がなにを言おうとしているのかを察してしまったので、ほとんど悩みもせずに首肯した。それをどう受け取ったか、真太郎は「ありがとう」と微笑んでから――ゴクリと唾を飲み込むような仕草をする。
「……じ、実は……」
小さな公園に緊張を走らせ――イケメン野郎は決意の眼差しとともに言い放つ。
「じ、実は僕は――ずっと前から未来のことがす、好きだったんだ!」
「ああうん、知ってる」
「え、ええっ!? な、なにその超どうでも良さそうな反応!?」
一世一代の告白だと言わんばかりのトーンで放った一撃を特にテンションの上下もなく受け止めた俺に、逆に真太郎の方が驚きのリアクションを上げた。……やはり間の悪い奴だな。これが今日でなく昨日だったら、俺はまだ望み通りの反応をしてやれたかもしれないのに。
「し、知ってるって……ぼ、僕の気持ちに気づいていたというのかい!?」
「うん、まあ……つっても気付いたのは最近だけどな」
「さっき」とは言わないでおく。そんなことを言ったら
「さ……流石悠真だね……それくらいのことはお見通しってことか……」
「いや、身に余る過大評価を受けてるところで言い出しづらいんだけど、お前わりと露骨だったからな? 『言わなきゃバレない』レベルとかではぜんぜんなかったから」
「そ、そんな……!? じゃ、じゃあ君は僕の気持ちに気づいた上で、日頃から未来と仲良さげな様を僕に見せつけていたというのかい……!?」
「急激に俺を邪悪な奴みたいに言うな。そんな悪趣味はねえし、そもそも俺と七海は仲睦まじくもねえ……って、んなことどうでもいいんだよ」
この面倒な否定を何度も繰り返すような趣味だって俺にはない。問題は……。
「……どうしてそれを、今ここで俺に言ったんだ?」
「……」
そう問い掛けると、真太郎はパンダの乗り物に跨がったまま前に向き直った。……正面から見たらさぞや滑稽な絵が撮れるだろうが、ここでスマホを取り出して実行に移すほど、俺は空気の読めない男ではない。
「……遊園地に行った時、桐――じゃない、
「桃華に……?」
意外な名前に俺が首を傾げると、真太郎はぽつぽつとその時あったことを話し始めた。
その内容は俺が七海を孤独から救っただの、
「落ち込んでいた僕に、桃華が言ってくれたんだ。未来との関係を変えるためには〝あとたった一歩〟を踏み出せるかどうかなんだ、って。すごく真剣な声で、臆病な僕の背中を押してくれた」
「(……桃華、あいつ……)」
……相変わらず、お人好しな奴だ。勉強会の時然り、意中の男と他の女の距離を縮めてどうしようというのやら。ただでさえこのイケメン野郎を狙う女は数知れないだろうに。
真太郎の想い人が七海だと知らなかったから……ではない。きっと心優しい彼女は、仮に彼の想いを知っていたとしても平気でその背中を押していたはずだ。たとえその結果、己の恋にとって不利な結果を招こうとも。彼女という少女は、そういう人間なのである。
「――だから僕は」
だからこそ、残酷なものだ。
真剣な真太郎の横顔を見て、俺は考える。
「僕は今一度、その〝あと一歩〟を踏み出してみたい……いや、踏み出さなければならないんだ」
桃華の真っ直ぐな優しさに突き動かされた彼の想いの矛先が、決して彼女には向いていないという現実が。
彼女の優しさゆえに彼が決意を固めてしまったのだという事実が。
俺の瞳には、どうしようもなく残酷に映った。
「……悠真、僕は――」
真太郎は静かに――自らの意思を口にする。
「――未来に、この想いを伝えてみようと思うんだ」
……三月の曇天から、静かに雪が降り始めた。
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