第二〇一編 なんでここに居るのよ
★
その少女は、いつもと変わらぬ休日を過ごしていた。
壁いっぱいに本が詰め込まれた
どこにでもいそうな至って〝普通〟の読書家の姿だ……ここが落ち着きを残しつつも豪華な内装の部屋であることや、少女の本の
そんなお嬢様でありながらも極めて一般的な私立高校に通う彼女――七海
続きは気になるが、読書の途中で邪魔が入るのも嫌だ。ならば先に入浴を済ませて夕食後から続きを読もうか……しかしやはり続きも気になる。
たった一人の友人をして「無口・無表情・無愛想の三拍子揃ってる」と言わしめた少女は真顔のままそんなことを考えながらコーヒーのカップに手を伸ばし――その中身が
「……」
仕方なく立ち上がって部屋を出る。コーヒーの淹れ直しくらい使用人に頼めばいくらでもやってくれるが、彼女たちが淹れるコーヒーはいちいち豆を
階段を下り、リビングに併設されたキッチンへと向かう。
この家には別に厨房があるので、こちらは一緒に住んでいる祖母や一年に数度に帰ってくる母親が使うためのものだ。今は未来がコーヒーを淹れる時か、妹が友人を呼んだ時くらいしか使われていないのだが……湯を沸かすためにわざわざ厨房へ行けば使用人たちが気を遣うことは目に見えているので、未来としては助かっていた。
そしてドアを開いてリビングの中へ入ると――コの字型に置かれているソファーに向かい合って座っている二人の人物が揃って顔を向けてきた。
「あ、七海。お邪魔してます」
「ええ、いらっしゃい」
「お姉ちゃん、またインスタントー? どう思います、
「私の勝手でしょう。放っておいて貰えるかしら」
からかうように言ってくる妹の
「……。……なんで小野くんがうちに居るのかしら?」
「うんまあ当然の疑問だけども、
当たり前のように家に居た友人・小野
「前に七海妹とここで遭遇した時も似たような反応してたよな。流石姉妹」
「う、うるさいですね……というか小野さん、あなたお姉ちゃんに何も伝えてなかったんですか」
「言ってねえよ、だって用があったの
「まあ、確かにそうかもしれませんけど……」
「……なにをヒソヒソやっているのかしら」
「い、いや、別に何も?」
密談をするように口元を隠して話す二人に、未来はジトッとした目を向ける。
後半はよく聞こえなかったが……どうやら悠真は美紗に用があって来訪していたらしい。
「……もう一度聞くわ。なんで貴方がここに居るの、小野くん」
「な、何でもないって。ただ七海妹に用があっただけだ」
「その用とはなにかと聞いているのよ」
「なんでそんなことをいちいちお前に話さなきゃならないんだよ。お前に黙って家に上がったことなら悪かった。もう用は済んだし、俺は帰るから――」
「誰もそんなことは言っていないでしょう。ただどうしてここに居るのかを聞いているだけよ」
「なにコイツしつこいんだけど。七海妹、お前の姉貴こんな面倒くさい奴だったか?」
「アレですよアレ、友だちなのに小野さんがなにも言ってくれなかったのが寂しかったんですよ」
「いやアイツそんな可愛いこと言うキャラじゃないだろ……」
「分かってませんねぇ小野さんは。ああ見えてお姉ちゃんは寂しがりなとこあるんですって。ただでさえ友だち少ないんだから……」
「……全部聞こえているのだけれど」
「いだいいだいいだいっ!? ご、ごめんなざーいっ!?」
本人たちはまた密談のつもりだったのだろうが、今度は面白がって話しているせいで声が少し大きくなっているのでハッキリと聞き取ることが出来た。
適当なことを口走った妹のこめかみをグリグリしていると、悠真がソファーから立ち上がる。
「じゃあ俺は帰るから。お邪魔しました」
「ぢょっとおのざん!? だ、だずけてだすけでっ!?」
「自業自得だろ、甘んじて受け入れろ」
「だれのせいでこんな目に遭ってるどっいだいいだいんぎゃああぁっ……!?」
自分の腕の中で
それから未来は「うぐぁ~バカになったかも~」と頭の悪いことを言いながらソファーに倒れ込む美紗をリビングに捨て置き、帰り支度を終えた悠真を連れて玄関へ向かう。
その悠真はといえば、口ではああ言っていても未来に何も告げずに来たことについて多少の負い目はあるらしく、普段よりやや動きがぎこちない。
「お、怒ってる……?」
「……別に。でも次からはちゃんと言っておいて貰えるかしら。……友人が来ているのに挨拶の一つもしないほど、私は礼節を見失ってはいないわ」
「……そうだな。悪い」
すまなそうな顔をする悠真に「もういいわ」と告げる未来。冷たい言葉のようだが、彼にならこれできちんと伝わるだろう。
未来だって分かっている。彼は馬鹿な部分もあるが、自分なりに考えて動く男だということを。友人の未来に何も言わずに来たのなら、そこにも彼なりの意図があるはずだ。そしてそれはきっと、
「……貴方がそんな器用じゃないことくらい、ちゃんと分かってるわよ」
彼には決して聞こえない声で呟きながら、未来は出会った頃からちっとも変わっていない友人の横顔を静かに盗み見るのだった。
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