第二〇二編 似た者同士
★
時は、俺が七海邸を訪れる一時間ほど前に
「げっ、
もうすぐ春だというのにやけに冷え込む三月の空の下、レンタルビデオ屋に立ち寄っていた俺の背中からいかにも嫌そうな声が聞こえてきた。
振り返るとそこには顔だけは可愛らしく、性格的にはとても憎たらしい中学生・
「『げっ』ってなんだよ。開口一番失礼な奴だな、七海妹」
「すみません、せっかくいい気分で歩いていたところに見たくもない人の顔が映ってきたもので……」
「申し訳なさそうな顔しながら追撃かましてくんじゃねえ。じゃあな」
俺と七海妹は特別親しいわけでもない――というか俺は
「ちょっと待ってくださいよ」
「んぐぇっ!? な、なにすんだよ!?」
いきなり後ろからマフラーをぐいっと引かれ、カエルのような声を発する俺。喉元を押さえながら突然の蛮行に文句をつけると、七海妹は「なに即座に帰ろうとしてるんですか」と不満げな目を向けてくる。
「知り合いに会ったのに三言目で『じゃあな』って。世の中のモテる男性はもっと気遣いが出来るものですよ。そんなだから小野さんはモテないんです」
「ほっとけ! お前が俺のなにを知ってんだよ!? もしかしたら学校ではモテモテかも知れないだろうが!?」
「モテモテになるような人はまずそんなこと言いませんよ」
「……」
……確かに、
あまりの正論に返す言葉もない俺は、やや論点をずらして反撃を試みる。
「お、俺だってモテたい相手には気遣いくらいするさ。ただ七海妹、お前がその対象じゃないってだけで」
「はあ!? ど、どういう意味ですかそれは! 私に好かれても嬉しくないって言いたいんですか!?」
「そうですけど」
「即答! い、いや、私だって別に小野さんに好かれたくもないですけど! でもなんか釈然としないです!」
「……ごめんな。俺、お前のことそういう風に見れそうもないよ」
「なんで私がフラれた感じになってるんですか! 女の子に告白されたこともないくせに!?」
「どういう意味だ! 勝手に決めつけてんじゃねえ!」
「じゃあこれまでの人生で告白されたことあるんですか!?」
「……」
……そんな経験など、あるはずもなかった。
そっと視線を逸らした俺に、七海妹は鬼の首でも取ったかのように「ほら見たことですか!」と勝ち誇った顔を向けてくる。
「う、うるせえっ!? そういうお前だって真太郎真太郎言い過ぎて周りから引かれてるクチだろ!? 『七海さんって顔はいいけど中身がザンネンだよね……』とか言われてるタイプだろ!?」
「なな、なぜそれを……!? じゃなくてっ!? そ、そんなわけないじゃないですか!? 仮にも私はあのお姉ちゃんの妹なんですよ! 学校でもモ、モテモテに決まってるじゃないですか!?」
「じゃあ今まで告白された回数は!?」
「……」
……それはないですけど、と消え入りそうな声で呟く七海妹。
ひゅるりと悲しげな空っ風が、俺たちの間を吹き抜けていった。
「……や、やめようか、こんな誰も幸せにならない殺し合い」
「そ、そうですね。別に私も小野さんも、不特定多数から好かれたいわけでもなんでもないわけですもんね」
「お、おうともさ」
特定の誰かに好かれた
「……あ、そういえば」
七海妹が少しだけ大人しくなったことで微妙に気まずい雰囲気になる中、俺はふと思い出して声を出す。
「実は俺、七海妹に確認したいこと……ってほどでもないけど、ちょっと聞きたいことがあるんだった」
「? なんですか?」
きょとんとした顔を向けてくる中学生に、なんとなく普段の七海――姉の
「……なにか失礼なことを考えてませんか?」
「いっ!? いや別に!?」
ジトッとした目を向けてくる彼女を誤魔化すように慌てて咳払いをし、俺が「実はさ……」と話し出そうとしたところで七海妹がピッ、と手のひらを突き出してきた。
「なんのお話かは分かりませんけど、小野さんがわざわざ私に聞くということはお姉ちゃんか、それか真太郎さんに関係することですよね?」
「! お、おう、まあな」
姉妹だけあって、こういう鋭さや察しの良さまでそっくりだ。……まあよく考えたらこの子、俺のちょっとした失言から俺が桃華の恋を応援してるってことまで見抜いたんだもんな。
「だったらこんな人目につくところで話すのは良くないです。答えるかどうかは別として、お話ならどこかのお店か……いえ、
「えっ。い、いいのかよ、上がらせてもらって……」
「普段なら嫌ですけど、今日だけ特別です。……黙って散歩に出てきたので、帰りが遅くなると
「……」
ぼそっととんでもないことを言うお嬢様二号に、俺は思わず絶句した。
七海姉もそうだったが……お前ら
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