第二〇〇編 後悔しない道
答えの出ない悩みを抱えたまま悶々と過ごすこと三日。
一週間あった試験休みも今日を含めて残り二日。といっても明後日――三月一五日の修了式を終えれば再び春休みに入るのだが。
「(学校で
もちろんそれは彼らが一年生の間に、という意味だ。そもそも桃華と真太郎は同じバイトをしているのだから、学校が休みだろうと顔を会わせる機会などいくらでもある。
それでも来年度、桃華たちが二年生に上がるということは、一年生にあの
「(……い、いやでも、こないだの試験の結果次第じゃ真太郎くんと同じクラスになれるかもしれないし、もしかしたら学校でも話せるようになるかも……。……)」
無理やり
先日、明らかに桃華のことを敵視していた美紗のことだ。しかもあの時宣戦布告じみた真似をしてしまったこともあり、桃華と真太郎の仲を妨害する動きを見せてきてもおかしくはない。むしろその可能性は大いにあり得る気さえする。
「(うう……あんなこと言わなきゃ良かった……)」
あの時の意思それ自体に後悔はない。「真太郎に近付くな」と言われて「はいそうですか」と答えられるものか。
だが、もう少し美紗を刺激しないような言い回しが出来たのではないだろうかという後悔ならある。恋敵といえど、桃華は別に美紗と抗争をしたいわけでもなんでもないのだから。
せっかく出来た高校生活初の後輩とギスギスするのは悲しすぎる。……もっとも今の桃華が恋に生きるあの少女を手懐けるのは、真太郎と恋人になるのと同レベルの難題なのだが。
「……ああっ! 私はどうしたらあっ!? いだっ!?」
煮詰まった脳みそをどうにかしようと布団の上をゴロゴロと転がり、ベッドの角で後頭部を強打する桃華。そんな彼女が涙目で打ったところを
「な、なんだろ……?」
何事かと起き上がり、様子を覗いてみようとドアの方へと近付く。そして扉を引こうと手を伸ば――
「桃華、入るよー」
「へぶっ!?」
――そうとしたところで鼻頭に強烈な痛みが走り、桃華は再び――今度は床の上を転がる。そして「あ、ごめん」という聞き慣れた声に涙が
「や、やよいちゃん!? な、なんでうちに……っていうかノックくらいしようよ!?」
「ごめんごめん。ほら、あんたの部屋って半分くらい私の部屋みたいなとこあるから」
「ないよ!? ここは一〇〇パーセント私の部屋だからね!?」
軽く手を合わせた親友に声を上げつつ、起き上がった桃華は痛む鼻を撫でながら「そ、それで?」と話を促す。
「こんな時間にどうしたの、やよいちゃん? もう夜の一〇時なんだけど……」
「どうしたのはこっちのセリフだよ。なんでメールにも電話にも出ないんだよあんた?」
「へ?」
言われて枕元に転がっている携帯電話を手に取ると……充電が切れて電源が落ちていることに気が付いた。
「ご、ごめん。充電するの忘れてたよ」
「……ハア。ま、そんなことだろうと思ったけどさ」
呆れたように呟き、勝手知ったる様子で部屋の隅からクッションを二つ引っ張り出したやよいは、それらを重ねてその上にどっかりと座り込む。
「……で、なにがあったの?」
「え……?」
急に聞かれたことにドキッとして
「なんかあったんでしょ? あの遊園地の日に」
「! な、なんで分かるの!?」
「分かるっての。いっつもどうでもいい連絡ばっかしてくるくせに、あれからメッセージの一つも飛ばしてこないんだから」
「うっ……」
確かに普段の桃華は些細な報告や相談事だろうと真っ先にやよいに話している。それが一大イベントたるあの遊園地のことにはまったく触れないとくれば、勘の良い彼女なら何かあったと察するだろう。
「……ご、ごめん。その、ちょっと色々あって……でもやよいちゃんに頼ってばっかりもいられないかなって思って……」
「いや今さら何言ってんの? あんた優柔不断だから、私がいなきゃ昼ご飯のメニューも決められないくせに」
「うぐっ!?」
図星を突かれて胸を押さえる桃華に、親友のギャルは頬杖をついたまま言う。
「いいから話してみなよ。どうせ
★
それから桃華は遊園地内でのことから帰り道で美紗に会ったこと、自分の悩みのことまですべてを包み隠さずやよいに話した。
やよいはいつも通りの表情で静かに話を聞いていたが、桃華が話し終えると同時にそっと目を
「……もしかしてあの中学生、また……?」
「え? 今なんて?」
「……いや、なんでもない。……とりあえず、あんたの悩みはよく分かった」
一度首を振ってから、やよいは桃華に真っ直ぐ向き直った。
「久世に告白して失敗したら今のままではいられなくなるかもしらないし、かといって告白をしないのも苦しい。そして美紗ちゃ――じゃない、七海
「う、うん……」
肯定の意を込めて桃華が頷くと、ギャルは桃華から視線を外し、左耳のピアスを指先で弄りながらなにやら深く考え込む仕草をみせた。
そして桃華が「あ、あの、やよいちゃん……?」と声を掛けようとするより一瞬早く、彼女は「あのさ、桃華」と真剣な瞳で桃華を見据える。
「告白をしてもしなくても、久世と友達のままいてもいなくても――たとえどんな道を選んだって、あんたはいつか必ず苦しむことになると思うよ」
「!」
そのハッキリとした物言いに、桃華は思わず息を飲んだ。
「そこに違いがあるとしたら、それは遅いか早いかだけ。告白をするのは怖くて
「……?」
少し変な言い回しをしたやよいに桃華は首を傾げるが、ギャルはそんな彼女に構わず続ける。
「どうせどっちも苦しいんだったら……桃華。あんたは『どうするか』悩むんじゃなくて、『どうなりたいか』で悩むべきなんじゃないの?」
「どう、なりたいか……?」
「そう」
やよいは頷き、そして言った。
「今のあんたは、久世真太郎とどうなりたいと思ってるの? このまま友だちとして側に居続けたいの? それとも今の関係を壊してでも恋人になりたいの? 考えてみなよ。久世とどうなれたらあんたは一番幸せなの? どういう結果になったら――あんたは一番後悔しないと思うの?」
「そ、それは……」
津波のように襲い掛かる
友だちのままでいたいのか、それとも恋人になりたいのか?
友だちのままなら、少なくとも真太郎の側に居続けることが出来る。この想いを伝えることは出来ずとも、彼の笑顔を近くで眺めるくらいのことは出来る。
思えば、ここ最近の桃華はとても充実した日々を送っている。
どれ一つとっても、一年前に真太郎に一目惚れをした頃には考えもしなかったことだ。半年前の自分に聞かせたってとても信じられないだろう。
それくらい今の桃華は幸せだった。毎日が楽しくて仕方ない。
そうだ、友だちで居続ければ――告白だってしなくて済む。関係が壊れるような危険を
もし告白なんかして失敗し、彼と話せなくなってしまったらどうなる? それこそ物凄く後悔するのではないだろうか?
だったらいっそのこと、このままで居る方が賢いのではないか?
「(……じゃあ)」
じゃあ、もしも本当にこのまま告白しなかったら?。
告白をせぬまま友だちで居続けて、そしていつか真太郎の隣には桃華ではない誰かが立っていて……そんな彼の背中を桃華は――自分は――いったいどんな気分で眺めているだろうか。
「……答えは出た?」
どれくらい考え込んでいたのだろうか。やがてやよいがそう問い掛けた時――桃華の瞳からは一切の迷いが消えていて。
「……やよいちゃん、私――」
桃華は静かに――自らの意思を口にした。
「――真太郎くんに告白する」
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