第一九九編 第一歩
★
『強く想うだけで恋が叶うなら誰も苦労しません。どこかで自分の想いを言葉にしなければならないときが来るんです――〝告白〟という名前の言葉に』
恋敵の少女にそう言われ、
「……」
「お、おいおい
「えっ……あっ、すみません、ありがとうございます……」
事務所で静かにため息をついていると、店長の
「
「あの、桃華を励ますのはいいですけどその代わりに俺を落とすのは止めてもらっていいですか」
「一色店長、ゴミ捨てまで終わりました」
「おう、サンキュー。二人も飲め飲め」
閉店業務から
ただ桃華だけは、対面の席に着かれてもこのところすっかり気にしなくなっていた真太郎に妙な緊張感を覚えていた。
「そういや三人とも、お土産のクッキーありがとな。ヘンテコなキーホルダーとかだったらどうしようかと思ってたぞ」
「割と最後まで悩んだんですけどね。ダサいタペストリーかダサいキーホルダーか、もしくはダサい缶バッジかで」
「いや、もれなくダサいのはなんなんだよ。せめてお洒落なグッズを選択肢に入れてくれよ」
「だって店長ってまがりなりにもパティシエじゃないですか。だから下手にお菓子とかにするよりはダサグッズの方が喜ぶかなって」
「なんでだよ。パティシエだってダサグッズよりはクッキーの方が嬉しいわ」
「でも俺がタペストリーにしようって言ったら、真太郎と桃華が『クッキーの方がいい』って」
「よくやったぞ二人とも! よくぞ小野っちの魔の手を食い止めてくれたな!」
わしゃわしゃと頭を撫でてくる一色に困ったような笑みを浮かべる真太郎。そんな真太郎の姿に、同じく頭を撫でられながら桃華は彼の顔を見ていられず、そっと顔を逸らしてしまう。
すると視線を逃がした先で、なにやらこちらを見ていたらしい悠真とバチッと目があった。
「な、なに、悠真?」
「い、いや、なんでもない」
「……?」
ふいっ、と顔を背けた悠真に桃華が首を傾けていると、そんな二人の様子を見た一色が「ははーん?」となにやら悪どい笑みを浮かべて悠真の肩に腕を回した。
「なーに小野っち? なにを桃っちに思春期特有のイヤらしい目ぇ向けてんのー? ダメだぞー、そういうのセクハラって言うんだぞー?」
「セクッ……!?」
その手の話題にあまり耐性がなく、思わず頬を赤くしてしまう桃華。それに対して悠真は慣れたようにジトッとした目を一色に向けた。
「……そうですね。ちなみに知ってますか、セクハラって具体的な罰則ラインが決められてるわけじゃなくて、本人が嫌だと感じた時点でセクハラになるらしいですよ」
「? それがどうしたのさ?」
「店長、今俺の肩に触れてますよね? それセクハラなんで訴えますよ」
「これだけで!? ちょ、ちょっと待ってよ小野っち、こんなの軽いスキンシップじゃんか!?」
「店長とスキンシップとか普通に嫌でしょ」
「どういう意味だよ! こんな色っぽいお姉さんに触られて嬉しくない男がいるか! ねえ久世ちゃん!?」
「えっ……。……す、すみません……」
「なんの謝罪!? やめろよ、そういう優しさが一番痛いんだよ!」
「そ、そうですよね。ちゃんと言い直します――僕も店長のスキンシップは過剰だと思うので少し控えていただけないでしょうか?」
「久世ちゃんも嫌だったの!? なんなんだよお前ら、泣くぞ!? お姉さん泣いちゃうぞ!?」
涙目になった店長からヘッドロックを食らう悠真と真太郎を見て、桃華はくすりと微笑んだ。そして同時に――怖くなる。
もし真太郎に告白して受け入れられなかったら、フラれてしまったら。こんな風に騒ぐ彼らを見て微笑むことも出来なくなってしまうかもしれない。
真太郎はきっとこれまでと同じように接してくれるのだろう。告白のことを悠真や一色に話すような人でもないだろう。けれど他でもない桃華自身が、それまで通りで居られなくなってしまう気がする。
しかし今の関係がどうしようもなく心地良い
「(でも……そんなの、苦しいよ……)」
苦悩し、つい
数多くの偶然に助けられ、真太郎との仲を深めてきた少女が初めて、自ら前へ踏み出すことの恐怖を知る。
まるで今までのツケが回ってきたかのような苦悩は、桃華の頭にベッタリと焼き付いたかのようにいつまでも彼女を
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