第一九八編 ワガママ
★
「ありがとうございましたー、またお越しくださいませー」
昨日一日中遊園地を満喫した俺は、残り少ない試験休みをいつも通り〝
友達が少ない俺は普段からあんな風に遊園地を歩き回るような機会もなく、加えて日頃の運動不足も相まって微妙に疲労が残っている。もっとも、一番疲れているのは立ちっぱなしだった足ではなく、叫びっぱなしだった喉の方なのだが。
そんな疲れた身体に鞭を打ち、ようやく本日の営業もあと数分で終了だというタイミングで、店内に残っていた最後の客がレジスター前に立つ俺の元へ伝票を差し出してきた。
「えーっと、四八〇〇円になります。……相変わらず一人でよくこんなに食うな、お前は」
「……あら、売り上げに貢献してあげているのだから感謝して欲しいところなのだけれど?」
「ヘイヘイ、毎度ありでーす」
そう言って〝七番さん〟こと七番テーブルの甘味暴食系お嬢様・
そして領収書を彼女に返したその時、厨房の方からガッシャーン、という大きな音が聞こえてきた。
「だ、大丈夫、
「すっ、すみません
「あー、手で触っちゃダメだよ危ないから!
「はい!」
「……騒々しいわね」
「す、すまん」
両の瞳を閉じて息をつくお嬢様に、俺は謝りながらも苦笑する。
「
「……〝
俺の呼称に
「昨日はそんなでもなかったんだけど、やっぱり好きな
「そう……」
興味なさげに相槌を打った七海は、変わらず感情の読めない声で「良かったじゃない」と続ける。
「貴方の狙った展開ではなかったようだけれど、それでもあの二人の距離が縮まったのなら」
「だな。いつまでも久世くん久世くん呼んでるよかずっといい。……流石にまだ慣れねえみたいだけど」
実際、久世からあんなことを言い出したというのは、彼が桃華――とついでに俺――のことを大切に思っていることの証明だろう。
昨日の二人の様子からしてまだ告白に至るほどのレベルではなさそうではあるが、しかしこの調子なら二年生に上がってからの行動次第では十分勝機があるような気がする。
「まあ真太郎の恋愛観を含めてまだまだ未解決の問題は残ってるんだが……それでも桃華の恋が上手くいく可能性は、俺が思ってるより高いのかもしれないな」
「…………」
「……? なんだよ?」
「……いえ、別に」
なにか言いたげな目をしていた七海に問うと、彼女はふい、と視線を逸らし、「……貴方がそれでいいのなら構わないわ」とよく分からないことを呟いた。
俺はそんな七海に首を傾げつつ、「そういえば」とあれから気になっていたことを言ってみる。
「久――じゃない、真太郎のやつあれからヘコんでたぞ。お前に拒否られたせいで」
「私を悪者扱いしないで貰えるかしら。彼に名を呼ばれるだけでも目立つのに、私まで名前で呼んだりしたら余計な注目を浴びるのは目に見えているでしょう」
「まあそりゃそうだろうけどな。……でも真太郎と仲良さげに振る舞っておけば、案外他の男子から色目使われることはなくなるんじゃねえか? 流石にあいつを敵に回して勝てると思う奴なんかいないだろ」
「実体験なだけあって、やけに説得力があるわね」
「やかましいわ」
確かにそうだけども。桃華が惚れたのが
「だけど、仮にそれで異性の目が減ったとしても、同性に目の
「あー……それもそうか。」
真太郎と桃華のクリスマスデートの件が露見しかけた時のことを思い返す。デート一回であんな騒ぎになるくらいだ、七海ほど目立つ女が真太郎と親密そうにしていたら彼を想う女子生徒たちが大騒ぎすることは目に見えている。……ついでに言えば真太郎の方も七海のことが好きな男子生徒たちから睨まれてしまいそうだが。美男美女過ぎるというのも考えものである。
「……帰るわ」
「おう、またな」
淡々とした挨拶を交わしてお嬢様を見送ってから、俺は厨房で皿の破片を拾い上げては新聞紙に乗せていく真太郎と桃華の方を見る。
七海はともかく、真太郎と桃華は今回でまた一歩前進したと言えるだろう。しかし依然として彼らの関係性は友だちのそれだ。今後のことを見据えて、また色々と策を練っていかねばなるまい。
「(……でも……もうしばらくは仲の良い、今のままのこいつらを見ていたいな)」
それは俺のワガママというものだが……でもいつか桃華が真太郎に告白する時が来たら、きっと俺たちは今のままの関係ではいられなくなるから。
だからせめてもう少しくらい、友人として笑みを交わし合える彼らで――いや俺たちでいたい。
これくらいのワガママは、許されたっていいんじゃないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます