第一九五編 悠真と桃華と真太郎
――昔の
俺はなにも知らない。特段詳しく知りたいとも思わない。
俺にとっての七海
だが
そして、きっとその落差はとても大きい。変わってしまう前の彼女と懇意だったのなら、余計に今の七海は冷たく感じるはずだ。
寒い夜に食う熱々のおでんは格別だが、同じ温度差でもそちらは消化しきれないのだろう。だからこいつは今、こんな顔をしているのだろう。
俺には、隣に座る久世を無責任に励ましてやることなんてできない。俺は彼ら二人の関係などなにも知らないから。
いや、知っていたとしてもなにも言えなかっただろう。それをするには俺はもう、七海の
あれは彼女が彼女自身を守るための盾であり、鎧だ。その冷たい鎧の内側には、かつて他人によってもたらされた無数の傷跡が隠されている。
七海が久世と必要以上の関わりを持ちたがらないのも、彼女なりの深い思慮があってのこと。だったらそんな彼女に外野の俺がとやかく言えるはずもない。それは「久世のために
仮にもあいつの友だちである俺に、今さらそんな真似が出来るはずもない――けれど。
「……本当に面倒臭い奴だよな――俺は」
――どうしてやることも出来ないくせに、いざ目の前で
いつもの憎たらしいイケメンスマイルを浮かべていてほしいと思ってしまっている自分がいる。せめてその気持ちを晴らしてやりたいと考えてしまう自分がいる。
七海がそうであるのと同じように――久世だって俺の仲間であり、友だちだから。
「……久世」
俺は久世の顔を見てハッキリと言う。
「俺は、七海がお前のことをどう考えているかなんて知らねえし、だから無責任なことは言ってやれない。七海の気持ちを知っているのは、七海だけだからだ」
「……うん」
「ただお前の言う通り、今の七海はお前のことを友だちと思っていないのかもしれない。……いや、悪いが……その可能性は高いんだと思う」
「……うん」
分かっているよ、とでも言いたげな表情で頷く久世。その横顔はやはり寂しげで、形だけ張り付けたような微笑にはどうしようもない違和感が
こんなこと、ハッキリ言ってやるべきではないのかもしれない。たとえ本人のためにならずとも、それでも一時凌ぎの言葉で繕うという手だってあっただろう。
だが……それは出来ない。
――普段から
「……ごめん、
久世は、わずかな沈黙の後に言った。
「……ありがとう」
「……礼を言われるようなこと、なにもしてねえだろ」
「ううん。誰よりも未来に近しい君に、はっきりそう言って貰えて良かった。まったく気を遣ってくれないあたり、流石だね」
「全然褒められてる気がしないんだが」
「ふふ、褒めてるさ。……お陰で、少し目が覚めたよ」
「……そりゃ良かったな」
「目が覚めた」とは、どういう意味を込めて言ったのだろうか。今の俺には複数の解釈が出来たが……それを問い詰めるような気にはとてもなれない。
ただ、こいつの気がほんの少しでも晴れたというのなら良かった。
「……桐山さんにも、そして小野くんにも……僕は背中を押されてばかりだ」
「……?」
「〝大切な仲間〟に――友人に恵まれて……僕は本当に幸せ者だね」
意味深な呟きに疑問符を浮かべていると、ちょうどその時、コンビニ店内からスイーツを手にした
「見てみて悠真ー! 新作の〝ジャンボシュークリーム〟だってー!」
「でかっ!? 桃華お前、こんな時間にそんなの食ったら――太るぞ?」
「ここでそれ言う!? 悠真が私の背中を押してくれたから買ってきたようなものなのに!?」
「いやなんなのお前ら、なんで揃いも揃って俺に背中押されまくってんの?」
「どうしよう久世くん!? 悠真のせいで私太るかもしれない!?」
「おいコラ桃華!? 自制心がなかっただけのことをあたかも俺のせいみたいに言うんじゃねえ!?」
ギャーギャーと
そして――そんな俺たちを見たイケメン野郎は静かに、そしてなにやら緊張感を含んだ顔をして言った。
「……あ、あの、二人とも……僕のお願いを聞いて貰えないかな?」
「?」
俺と桃華はピタリと動きを止めて続く言葉を待つ。
「お、小野くん、桐山さん……よ、良ければ僕のことを……名前で呼んで貰えないかな?」
「!」
「……未来だけじゃない。君たち二人も、僕にとって大切な――とても大切な人たちなんだ。だ、だからその……」
聞いているこっちが恥ずかしくなるほどド緊張した様子でそう言ってくる久世。だがそれは、彼がそれだけ真剣に俺と桃華のことを考えているという証左のようでもあって。
「も、もち――!」
ゆえに桃華がほとんど間髪入れずに「もちろん!」と答えようとしたのも無理はなかったのだろう……が、俺はそんな彼女の手首を引いてぱちぱちと目配せをしてみる。
そして俺の意地の悪い意図を正確に読み取ったらしい幼馴染みは、同じく意地の悪い笑みを浮かべてこほん、と咳払いをした。
「えー? どうしようか、悠真ー?」
「そうだなあ、いきなりそんなこと言われてもなあ?」
「そ、そんな……!?」
七海に続き君たちまで、と言わんばかりの絶望的な表情をする久世に、俺は「だってよー」と続ける。
「俺たちからっていうのはズルくねえか?」
「あと一歩、足りないよねえ?」
「!」
そこまで言ってようやく気付いたのだろう。久世は少しだけぐっ、と息を詰まらせてから――言い直す。
「ぼ、僕のことを名前で呼んでくれないかな、ゆ――悠真、桃華」
そんな彼に、俺と桃華はニッ、と笑みを交わしてから答える。
「うんっ、
「これからもよろしくな、真太郎」
俺達の言葉に、沈んだ顔をしていたイケメン野郎はようやくいつもの――いや、いつもよりもずっと明るい笑顔で笑った。
「……ところでお――じゃなくて悠真。今さらだけれど、高校生がこんな時間にコンビニっていうのは良くないんじゃないかな?」
「いや真面目か。別にいいじゃねえか、これくらい」
「そうだよ、真太郎くん。というか古いよその考え方」
「ええ!? い、いやでもき――じゃなくて桃華も居るわけだし、女の子を連れてコンビニなんて危ないんじゃあ……」
「いや真太郎、お前そういうところだぞ。そういうところが時代錯誤なんだよ」
「このままじゃ真太郎くんじゃなくて時代錯誤くんになっちゃうよ?」
「じ、時代錯誤くん!? い、嫌だよそんなの!?」
「はは、流石にそんな呼び方しないさ。安心しろよ
「今絶対変な
「心配しすぎだよ、
「やめて!? 定着させようとしないで!?」
――今日一日で実感した、出会ったばかり頃の俺たちでは考えられないほど仲が深まった俺たち。
だが、いや、だからこそ、この時の俺はまったく考えていなかった。
――彼らの告白の日まで、あと一週間。
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