第一九四編 コンビニおでん



「いやー、やっぱりたまに食うとすげー美味うまいよなぁ、コンビニおでんってさ」

「分かる分かる。家のおでんとはまた違った良さがあるよねぇ」

「なー。どうだ久世くせ、初めてのコンビニおでんの味は?」

「う、うん、すごく美味しいけれど……」


 夜のコンビニ前の鉄柵に腰掛け、ダシがたっぷり染み込んだおでんのたまごを一口頬張りながら――久世はなにやら遠い目をして言った。


「……なんで僕たち、遊園地帰りにコンビニおでんなんて食べてるんだっけ……?」

「は? 前に話しただろ、今度コンビニおでん食いに行こうぜって」

「いや、確かに言ってたけどそうじゃなくてね……」


 ――朝から一日中遊園地を堪能した俺たちは、本郷ほんごうさんの運転する車で七海ななみ家まで送ってもらった後、すぐに解散の運びとなった。というのもあのお嬢様が慣れない外出のせいか、相当おねむの様子だったからだ。無理もない。俺だって遊園地なんて中学以来だったし、お陰でかなり疲れてしまった。

 まあ疲れたということは七海も今日一日、それなりに楽しんでくれたのだと思っておこう。……おそらく疲労の原因の大半は苦手な絶叫系アトラクションに連続搭乗したせいだとか考えてはいけない。何事もポジティブシンキングが大切だ。


 ともあれ挨拶もそこそこにやしきへ帰っていったお嬢様を見送った後、俺、桃華ももか、久世の三人もすぐに解散――しようかと思ったのだが。

 三月とはいえまだまだ寒い夜、夕食から数時間が経過したことで程よくいた腹具合、そして俺と桃華が乗るバス――流石に今日はバラバラに帰るのはやめておく――の停留所近くのコンビニがでかでかと掲げる「おでん全品七〇円均一」の文字。

 それを見た俺と桃華は、まだ落ち込みモードの久世の両手を引いて買い食いと洒落こむことにしたのである。

 ちなみにこの場は俺の奢りだ……先ほど久世の撃沈を笑ってしまった罪滅ぼしの意味も込めて。


「コンビニと言えば、最近はコンビニスイーツとかも美味いよなぁ」

「あっ、あれも美味しいよねぇ。私生チョコのやつ好きー」

「俺はロールケーキだな。あの生クリームが大半めてて、ロールケーキの常識くつがえしに来てるやつ」

「話してたら食べたくなってきちゃった……でもこの時間に食べたら絶対太るよね……」

「そういやスイーツ類も一〇パーセント引きって書いてあったような――」

「買ってくる!」

「迷いなしかよ」


 桃華はもうちょっと太った方がいいと思うので気にする必要などないとは思うが。しかし七海といい桃華といい、俺の周りの女は甘味に対する我慢がかないやつばっかりだな……。

 そんなことを考えながらおでんのつゆをすすり――俺は落ち込み中のイケメン野郎に目を向ける。


「……悪かったな」

「え……? な、なにがだい?」

「お前が七海にあんなこと言い出したのって、昼頃に俺が変なこと言ったからなんだろ? だからその……悪い」


 今思えばあれは、俺がお化け屋敷を出た後に「七海は久世のことを名前で呼ばないんだな」などと言ってしまったせいだったのだろう。改めて反省し頭を下げると、久世は「ち、違うよ!」と声を上げた。


「……違うんだ。僕はただ――未来みくが僕のことをどう思っているのか、知りたかっただけなんだ。あのころと同じように、僕を友だちだと思ってくれているのかどうかを……」

「……」


 それを聞いて、脳裏にかつて一度だけ真剣に考えたことがある鹿よみがえりかけたが――俺は心の中でフルフルと頭を振ってそれを追い出し、代わりに割り箸でおでんの大根を摘まむ。


「……でも、本当は分かっていたんだ。もう未来は僕のことを友だちとも思っていないことくらい。あんなこと聞くまでもなく、とっくに分かっていたんだよ」


 久世は黙ったまま大根を食らう俺に苦しいような、寂しいような――そんな微笑を向けてくる。


「だけどそれでも……僕は彼女に名前で呼んで欲しかった。もう一度だけでいいから友だちのように――あのころ未来みくと同じように」


 そう言ったイケメン野郎に、俺は口の中の大根を飲み込んでからはあ、と息を吐く。おでんを食べているせいか驚くほど真っ白に染まる吐息が霧散してから――俺はなんとなく空を見上げながら、隣に座る久世にも聞こえないような声で呟いた。


「……本当に面倒臭い奴だよな――

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