第一九〇編 避けられぬ道

「くっ……よ、よくも!」


 ワケの分からない勘違いに気付いて恥ずかしくなったのかなんなのか、顔を真っ赤にした七海美紗ななみみさはビシィッ、と私に人差し指を突き付けてきた。


「よくも私を騙してくれましたね、金山かねやまさんッ!?」

「いや、逆恨みもはなはだしいよね。完全に自分勝手な思い込みで自爆してただけだよね」

「言い訳無用です! や、やはり小野おのさんの言ったことは本当だったんですね、あなたが魔界出身の悪魔だというのは!?」

「……美紗ちゃん。もしそれを本気で信じているとしたら悪いんだけど――実はこの世界には〝悪魔〟なんて生き物はいないんだ……全部空想上ファンタジーの生き物なんだよ?」

「なに急に不要な気遣いをしてくれてるんですか! まるで私が空想上の生き物を本気で信じている頭の悪い子みたいに!?」

「まあ実際、あなたが今さっきまでしてた勘違いはだいぶ頭悪かったけどね?」

「う、うるさいですよ!」


 地団駄を踏む勢いで悔しがりながら、七海美紗は「ふんっ!」とそっぽを向く。


桐山きりやま先輩の味方をするというのなら、あなたは私の敵ですね。だったらもう行動を共にするのはここまでです、さようなら!」

「いや、美紗ちゃんがしてた勘違いが事実だったとしても、どっちにしろ私は美紗ちゃんの敵だったと思うけどね?」


 なにせ彼女の想像の中の私は久世くせに惚れていることになっていたのだから。

 しかしそれを指摘してあげると七海美紗は「それ以上言わないでください! うわーんっ!」と泣きながらどこかへ駆けて行ってしまった。……中学生が一人でこんなところをうろついて大丈夫なのかと不安になるが、彼女の話では七海家のボディーガードたちも遊園地ここに来ているとのことだったので心配はないだろう。……精神メンタル的には大変かも知れないが。


「(……さてと。私はここからどうするかな……)」


 頭を切り替え、観覧車の待機列の方へと視線を戻す。並んでいる人数的に、桃華ももかたちの番が来るまであと一〇分くらいか。

 閉園までの時間を考えても、あれが彼らが今日搭乗できる最後のアトラクションとなるだろう。となれば、もはや私がここに残る必要はないのかもしれない。そもそも私が今日ここに来たのは自分の〝どっちつかず〟をどうにかするためだったので、それが吹っ切れた時点で帰っても良かったくらいなのだが。


「(というか小野の奴……本当になにも行動を起こす気配がないな。もしかしてなんの考えもなく遊園地ここに来たのか……?)」


 今日彼らがここに遊びに来ているのは小野が発案したからである。ゆえに私はてっきり彼がなにかを企んでいる――すなわち桃華と久世をどうこうする秘策でもあるのかと思っていたのだが……。


「(……だけどよくよく考えたら、もしアイツがここでなにかするつもりだったら、普通私を連れていこうとするんじゃないか?)」


 いや、むしろ彼の誘いを断ったのは私の方なのだが。なにせあの時は桃華、久世、小野の三人に対する接し方を決めかねていたから……。

 だが私の抱えていたジレンマなど小野が知るはずもない。だから桃華関連でなにかくわだてているとしたら、私に協力を求めてきてもおかしくないはずだ。というか普段のアイツならそうする場面だろう。

 協力者としてなら七海未来も同行しているからそれで十分と考えたのだろうか? その可能性は高いかもしれないが……。


「(……いや、やっぱり不自然だ。もしなにか企んでいるとしたら、誘ってきた段階で私におおまかな事情説明くらいするはず。もしかして最初から計画なんてなくて、ただ普通に遊びに来ただけとか? でもあのメンツで……?)」


 そうこう考えているうちに、桃華たちの観覧車の順番がどんどん迫っていた。周りを見渡せば、無数の電飾でキラキラと輝く大車輪を道くカップルたちが立ち止まっては眺めている。


「(観覧車、ねえ……こんなもんに乗ってなにが楽しいのやら)」


 夜景やらイルミネーションやらもそうだが、たかが景色を見るだけのことがそんなに楽しいものなのだろうか。私にはさっぱり理解出来ない。

 遊園地のパンフレットを見れば、そこには「一緒に乗ったカップルは永遠の愛で結ばれる」だの、「好きな人と二人きりで搭乗し、観覧車の天辺で告白をすれば恋が叶うかも」だの、ここぞとばかりに恋愛と結びつけたありがちな眉唾マユツバ話が書いてあった。

 ……まさかとは思うが小野アイツ、こんなもんを信じて遊園地ここに来たとか言わないだろうな。


「(でも、あの小野がこんなメルヘンな噂話を信じてるとは思えないよな……というかそれ以前に桃華はこの噂の条件、どっちも満たせてないし)」


 久世とカップルでないのは勿論、二人きりですらない。もっと言えば今の桃華には〝告白〟なんてひっくり返っても出来やしないはずだ。

 今日の昼に「もっとガンガン攻めろ」みたいなことを言っておいてなんだが、あの子にそんな度胸があったら誰も苦労していないのだから。


「(……だけど……もしこの観覧車に久世と二人きりで乗ることが出来たら――告白とまでは行かなくとも、良い雰囲気にはなるんじゃないか……?)」


 胡散臭い噂話を信じるつもりなどまったく無いが……いくらあの久世真太郎しんたろうでも可愛い女子と密室で二人になれば、多少なりとも桃華のことを意識するようになる可能性はある。

 桃華の恋を成就させる上で、「誰かと交際するつもりはない」と公言している久世の意識改革は遅かれ早かれ避けられぬ道。

 つまり小野は――と考えていた時、なにやら待機列の方からあの馬鹿野郎が飛び出してくるのが見えた。

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