第一八九編 僥倖



「――金山かねやまさん。さっき桐山きりやま先輩と何を話して来たんですか?」


 フードコートで夕食を終えた彼ら――桃華ももか小野おの久世くせ、そして七海未来ななみみくの四人が観覧車の待機列に並んでいるのを離れた位置から眺めていた私に、故あって行動を共にしている七海美紗みさがそう問い掛けてきた。


「ん? なんのことかな」

「とぼけないでください。お化け屋敷の後ですよ。いつの間にか、私の側から居なくなったでしょう。『コーヒー休憩』なんて誤魔化してましたけど、本当はあの時、桐山先輩に会ってきたんですよね?」


 すっとぼける私にジトッとした目を向けてくる中学生。

 小野がなにか行動を起こす様子もまるでないので正直少しばかり退屈しかけていた私は、暇潰しの話し相手に丁度いいとばかりに「ほう?」と無駄に偉ぶった態度で返した。


「よく気付いたね。バレないだろうと思ってたんだけどな」

「バレバレです。私がお姉ちゃんと小野さんに見つかった後、お姉ちゃんたちと桐山先輩が合流したのと、私と金山さんが合流したの、ほぼ同時だったじゃないですか。誰の目から見たって、お二人が会っていたのは明らかでしたよ」

「察しがいいんだね。流石はあのお嬢様の妹だ」

「……なんかちょっと馬鹿にしてませんか」


 ムッとしたような顔をする七海美紗に、私は「まさかまさか」とわざとらしくおどけたように両手を持ち上げる。……完全に馬鹿にしている態度だが、彼女はおふざけに付き合うつもりはないと言うように息を一つ吐いてから、「それでどうなんですか?」と質問を重ねた。


「もしかして……桐山先輩に宣戦布告でもしてきたんですか?」

「……は? 宣戦布告? 私が、桃華に? ……なんで?」


 真面目な顔でワケの分からないことを言う中学生に、思わず素で首をかしげてしまう。そんな私に対し七海美紗は「だからとぼけないでください」と苛立ったように語気を強めた。……いや、これについてはとぼけたわけでもなんでもないのだが。


「えーっと……一応聞くけど、何をどう解釈したら『私が桃華に宣戦布告する』なんていう突拍子もない可能性に行き着くの? というか宣戦布告って、一体何に対して?」

「ふっ、あくまでシラを切るおつもりなんですか。あなたは明言を避けていたつもりかもしれませんが、私はもうとっくに気付いてるんですよ」

「な、なにが……?」


 本当に意味が分からなすぎて困惑する私に、目の前で謎のドヤ顔を浮かべる中学生の少女は自信たっぷりの声で――言った。


「実は金山さんが、私や桐山先輩と同じように真太郎しんたろうさんのことを想っていることに、です!」


 それを聞いた私はしばらくポカーン、としてから、いや、と胸の前でパタパタと片手を振ってみせる。


「私は久世くんのことを好きになった覚えなんてまったくないんだけど」

「な、何を今更言い逃れなど! 往生際が悪いですよ!?」

「いやいや、本当に。マジで」

「ふ、ふんっ! 見損ないましたよ金山さん!? あなたは桐山先輩と違って恋敵わたしから目を背けるような人ではないと思っていたんですけれどね!?」

「そんなこと言われてもね。事実は事実だから」


 淡々と否定してあげると、ようやく七海美紗は「……え?」と焦ったような表情になった。


「……ほ、本当の本当に……?」

「本当の本当の本当に。むしろ美紗ちゃんがどうしてそんな勘違いをしてるのかが分からない」

「そ、そんなはずないじゃないですか!? だ、だって……だって金山さんは桐山先輩の恋とご自身の恋、どちらを優先すれば良いのかで迷っていて、その答えを出すために今日遊園地ここまで来たんじゃないんですか!?」

「本当に何をどう解釈したんだよ」


 やけに具体的に話す辺り、どうやら本気でそう勘違いしていたらしい。……自分の恋と誰かの恋の狭間で揺れるって、私は小野悠真ゆうまか。

 つまりなにか? この子は今の今まで私が久世のことを好きだと本気で思い込んでいて、お化け屋敷の後に桃華を呼び出して「久世くんはアンタなんかに渡さないから!」とかケンカ吹っ掛けてきたと思ってたのか。……勘弁してくれ、なんだそのイタすぎる女は。勘違いとはいえ、私がそんな奴だと思われていたのは普通にショックなのだが。


「(……ああ、だからあの時、『誰かのために〝失恋〟するってどんな気持ち』だの『好きな人が幸せなら自分の〝失恋〟も受け入れられるか』だの聞いてきたのか)」


 まるで私が〝失恋した者の気持ち〟を解していて当然と言わんばかりの聞き方だったから変だとは思っていたのだ。いや、そのおかげで私は結果的に迷いを吹っ切ることが出来たわけなのだが。

 桃華と小野、どちらの恋を応援すべきかという迷いを。


「……えっと、美紗ちゃんには悪いんだけど、私は桃華と久世くんにくっついて欲しいって思ってるよ。少なくとも、私が彼とどうこうなりたいなんて考えたことは一度もないかな」

「じ、じゃあなんのために私は今日一日、金山さんの動向にまでいちいち気を払っていたんですか!?」

「いや、それは完全に無駄な努力としか言いようがないけど」

「そ、そんなぁっ!?」


 ……前言撤回。あの姉の妹にしてはこの子、結構アホだな。

 ショックな勘違いをされていたものの、代わりに桃華の〝強大なライバル〟が存外付け入る隙がありそうな相手だと分かったことは、私にとっては僥倖ぎょうこうだったのかもしれない。

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