第一八五編 過去、現在、未来②
「最後はアレ乗ろうぜ」
夕食をとった後、閉園時間の兼ね合いもあって次のアトラクションで最後となった時、
それは絶叫系がウリのこのテーマパークでは数少ない、のんびりと周りの風景を楽しめるアトラクション――園内最奥にどっしりと根を下ろしている巨大な観覧車。
それを聞いて、
「へえ、悠真って夜景とか好きだったんだ?」
「そんなロマンチストじゃねえよ。今日一日散々お前に連れ回されて疲れただけだ。最後くらい、のんびり楽しもうぜ」
「あはは、ごめんねぇ? うん、私は大賛成だよ! この遊園地の観覧車、すごく有名だもん!」
「うん、よくテレビや雑誌で取り上げられてるみたいだよね。じゃああれにしようか。……
「……ええ」
もしかしたら未来はこの手のアトラクションを嫌がるかもしれない、と思ったが彼女は意外なほどすんなり頷いてみせた。そして同時に、なにやら意味ありげな視線を悠真に向けている。
「(……もしかして未来は……
胸の奥に刺すような痛みが去来する。ネガティブな思考が、勝手に彼の表情を曇らせていく。
実際は、彼らがそういう仲ではないのだということは真太郎にだって分かっていた。彼らの間にあるのは純粋な〝絆〟と呼ばれるべきもの。恋愛感情などではないのだろうと。
――頭で分かっていたところで、
「(……僕は……なにがしたいんだろう……)」
以前にも、同じように自分に問い掛けたことがあった。店長の
あの時の真太郎は自身の未来に対する恋慕、そして未来と悠真の決裂に対する心痛という、競合する感情の狭間で揺れていた。
未来への恋慕を優先するなら――言い方は悪いが――未来と悠真が疎遠になった方が真太郎にとっては都合が良かったはずだ。感情論を抜きにした理屈の上では、間違いなく。
けれど当時の真太郎は、己の恋よりもあの二人の関係修復を望んだ。
天秤の向こう側に〝誰か〟がいるのなら、彼はどこまでも自重を軽く出来る。それが想いを重ねた幼馴染みと大切な友人だと言うのなら尚更だ。
そしてその望みは確かに達された。今の二人は元通りに――いや、それ以上の〝絆〟で結ばれている。
あの時、他人よりも己を優先する真太郎が勝っていたら、もしかしたら彼らは今、
それを思えば、この現状に不満など一つとしてあるわけがない。今だってあの時の選択が間違いだったとは思わない。
それなのに――楽しげに話す二人を見ると、やはり心が沈むのだ。鋭くて
――もう、自分で自分の心が分からなくなっていた。
暗い世界に閉じ込められてしまったかのように。
「あっ! やべぇっ!?」
「!」
ハッとして、意識を現実世界に引き戻す。
見れば真太郎たちは観覧車に続いていた長蛇の列、そのほとんど先頭に立っていた。あと数組で自分たちの番らしい。
そんな中、なにやらカバンの中をガサガサと探っていた悠真が、申し訳なさそうに手を合わせる。
「悪い、パス落としたらしい……」
「え、ええっ!?」
「えっ……ほ、本当かい、小野くん?」
「ああ、たぶんフードコートで飯食った時だな……パンフレットとか色々整理したから、ポロっと落としててもおかしくねえ」
「たぶん」という割にはやけに具体的な予想を話して、悠真は分かりやすく残念そうな顔をした。
「残念だけど、俺は下で見てるよ。観覧車はお前らだけで乗ってきてくれ」
「ええ、そ、そんな……」
今日彼らは
「じ、事情を話せば通してくれるんじゃないかな? もう閉園間際なんだし――」
「!? い、いやいや! やっぱそういうのは良くないって! ルールは守らないとな、うん!?」
「で、でも僕たちだけで乗るなんて小野くんに悪いんじゃ――」
「ば、馬鹿、そんな気遣うなよ! それにほらー……アレだ! 誰かが乗って夜景の写真撮ってきて貰わないとさ!? ほら俺ってすげぇロマンチストだし!?」
「つ、ついさっき、そんなロマンチストじゃないって言ったような……?」
焦ったように不自然なことを口走る悠真に、流石の真太郎と桃華も訝しげな視線を向ける。
しかし二人がそのことについて言及するより先に、悠真は「と、とにかく後は楽しんできてくれ!」と声を上げ、逃げるように待機列から離れて行ってしまった。
「ど、どうしよう……?」
「う、うん……でもやっぱり小野くん一人だけ乗れないって言うのは申し訳ないし……」
突然のことにぽかんとしながら相談する桃華と真太郎。
そしてお人好しの二人が「やっぱり止めておこう」という結論に流れていきそうになったところで、透き通るような少女の声がそれを遮った。
「――だったら私も小野くんと下で待っているわ」
「……えっ、み、未来!?」
「
「私は元から夜景になんて興味ないし――だから観覧車は貴方たち二人で楽しんできなさい」
言うが早いか、あっさりと列を出ていく未来。
真太郎には有無を言わせぬその小さな背中が、まるで「悠真が居ないなら観覧車に乗る価値はない」と言っているかのように感じられて――。
次いで耳に入ってきた「次のお客様ー?」という係員のものと
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