第一八三編 〝進化〟と〝不変〟



「見てみて。あの人すごいイケメン……」

「うわホントだ、かっこいー……モデル? 芸能人?」

「一人みたいだけど、誰か待ってるのかな?」

「流石に彼女と来てるんじゃない? あんな人と一緒に歩けるのって、よっぽどの美人か同じくらいのイケメンだけだよね、羨ましい……」


「(ご、合流しづれえええええっっっ!?)」


〝先輩〟とやらを探しに行った七海ななみ妹と別れてお化け屋敷の出口前まで戻ってきた俺は、道行く人々――主に若い女性――からの視線を一身に集めているイケメン野郎に近付くことを盛大に躊躇ためらっていた。

 なぜか一緒に置いてきたはずの桃華ももかは側にいない。トイレかなにかだろうか? せっかく機転をかせて二人きりにしてやったというのになにやってんだ桃華アイツは。

 それはさておき、俺は隣で俺以上に嫌そうな顔をしているお嬢様にぼそりと話し掛ける。


「……俺、お前が久世アイツを近寄らせたくない気持ちが今、本当の意味で理解できた気がするわ」

「……そうでしょう。今日はずっと桐山きりやまさんが彼の隣ではしゃいでいたからそうでもなかったけれど、今彼の側に寄ったら一斉に私たちも目を向けられると思うわ。……そしてたぶん貴方はガッカリされると思うわ」

「悪かったですねぇ、アレと同レベルのイケメンじゃなくて!」


 そもそもアレの隣に居ても違和感がない七海コイツや桃華がおかしいのだ。なぜか七海妹も居やがるし、今日この遊園地における顔面偏差値はこいつらのせいで急上昇していることだろう。色々考えすぎて失念していたが、そこにじって園内を歩き回っていた地味男おれは相当浮いていたんじゃなかろうか? 七海は帽子とマスクで顔を隠しているとはいえ……。


「……この世界からすべてのイケメンと美女が消え去ったら、戦争なんて無くなると思わないか……?」

「急に訳の分からないことを言い出さないで貰えるかしら。それに、人間の価値は外見で決まるものではないでしょう」

「な、七海……!」

「だからと言って世間的に見て小野おのくんに価値があるかと聞かれれば、そういうことでもないのだけれど」

「ちょっと感動した俺の純情を返せこの野郎!?」

「あっ、小野くん、未来みく!」

「げえっ!? しまった、見つかった!」

「『げえっ』って酷くないかい小野くん!?」


 騒いだせいで久世くせに発見されて思わず汚ない声を上げる俺と、それを聞いて涙目になるイケメン野郎。泣きたいのはこっちである。今、一瞬周囲の視線が俺に向けられたかと思えばそっと逸らされたんだぞ。


「……久世。もしかしたら俺はお前と親友になれたのかもしれねぇな」

「えっ!?」

「お前がそんな奴でさえなければ、の話だが」

「それはもしかして、逆接的に『僕と小野くんは決して親友にはなれない』と言いたいのかい!?」

「いや……今からでも遅くねえさ」

「お、小野くん……」

「お前がその辺のヤンキーに顔面ボコボコにされて見るも無惨な顔になった時、俺はお前の親友になってやるぞ」

「いや親友になるためにそんな条件を課してくる人と親友でいられる自信がないんだけれど!?」

「……そうか。つまりお前は俺なんかと親友になることより、我が身の方が大事なんだな……」

「なんか僕が物凄い悪者みたいな言い方はやめてくれ!?」

「とりあえずうるさいわ、貴方たち」


 日常的なやり取りを経た後、トイレに行ったのだという桃華を待つために引き続きお化け屋敷前のベンチで待機する。……一旦意識し出すと周囲からの視線が突き刺さっているような気がしてくるが、見られてなどいないと自分に言い聞かせておこう。


「えっ、美紗みさも来ていたのかい?」

「ああ。なんか知らんけど、先輩と一緒に来たんだと」

「そうなんだ。でも、どうして未来は美紗と一緒に?」

「七海がお化け屋敷を抜けたときに七海妹が七海のことを見つけたらしくて、それに気付いた七海が七海妹に声を掛けようとしたら七海妹が七海から逃げ出して、七海は七海妹と話をするために七海妹を追いかけて――」

「ごめん小野くん、全然分からない! もう少し分かりやすく出来ないかい!?」

「そんなこと言われても」


 俺の七海姉妹の呼び分けはこれなのだからどうしようもない。まあ、流石に今のはわざとやったが。


「……そもそもなんなのよ、貴方のあの子に対するその変な呼び方」

「最初からこんな呼び方してたわけじゃねえわ。初めて会ったときに『美紗ちゃん』って呼んだら『馴れ馴れしくて不愉快かつキモい』って言われたんだよお宅の妹さんに」

「いや『キモい』までは言われてなかったよね!? 被害妄想入ってるよそれ!?」

「それについては大丈夫だ、今さっき言われてきたから」

「言われたの!? そしてそれを平然と受け入れてるの!?」

「『キモい』と言われることについてはとある悪魔のお陰で慣れてるもんで」

「嫌な耐性の付き方してるね!? だ、大丈夫だよ小野くん、桐山きりやまさんは名前で呼ばれても嫌がっていないじゃないか!」

「おいやめろ励ますな、その優しさが一番痛いんだよ」


 しかも幼馴染みを名前で呼ぶなど別に普通のことなのだから、特段慰めにもなっていない。ただただみじめなだけである。


「……あれ? それを言うなら、お前らの方こそ変じゃないか?」

「えっ? なにが?」

「いや、今まであんま気にしてなかったけど、久世は七海のことを『未来』って呼ぶのに、七海は久世のこと『真太郎しんたろう』って呼ばねえんだなって」

「うっ……!?」

「……」


 突然言葉に詰まる久世。……あれ? もしかして地雷踏んだ?


「い……一応昔は名前で呼んで貰っていたんだけどね、あはは……」

「……」

「あははは……」

「……」

「……」

「……」

「(……き、気まずっ……!?)」


 なんだこの空間、新種の地獄か? いや俺のせいなんだろうけども。

 思えば、七海は久世と親しいと思われると困るから普段彼を避けているわけで、だったらなるべく周囲から浮かないように久世を苗字呼びにするのは当然のこととも言えよう。話の流れだったとはいえ、配慮に欠く質問をしてしまった。


「(……でもさっきの話だと、昔は七海も久世のことを名前で呼んでたんだな……そりゃそうか。七海コイツ、昔と今でだいぶ性格違うみたいだし)」


 本郷ほんごうさんや久世、それに七海妹の話を聞く限り、過去の七海は今よりずっと明るい少女だったらしい。今の七海しか知らない俺には想像もつかないが……。


「(――幼馴染みが変わっちまうってのは……つらいんだろうな)」


 人間は成長する過程で変わっていく生き物だ。不変のままでは進化などあり得ない。今の七海がこんな性格になってしまったのは、それが彼女なりに周囲の視線から自分を守るための〝進化〟の形だったからだろう。

 けれど、たとえば俺の桃華に対する想いが一〇年変わらなかったのは彼女がずっと昔のまま、〝優しくて可愛い幼馴染み〟で居続けてくれたからこそ。肉体や能力は年相応に成長しても、きっと彼女はこの先も〝桐山桃華〟であり続けるだろうし――俺なんかはそんな彼女であってほしいと願ってしまう。

 どちらが優れている・劣っているという話ではない。ただ、二人は対極であるとは思う。


「(……昔の七海は、どんなヤツだったんだろう……)」


 気まずい空気が流れ続ける中、俺は桃華がトイレから戻ってくるまでの間、そんなことをぼんやりと考えていた。

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