第一八二編 アンタだけの恋じゃない



悠真ゆうま七海ななみさんを見つけられたかなぁ?」

「うん、心配だね……」


 悠真が園内を走り回って未来みくを探している頃、お化け屋敷を無事踏破した桃華ももか真太郎しんたろうの二人は記念写真の販売所脇に設置されているベンチに腰掛けて彼からの連絡を待っていた。


「や、やっぱり私たちも手分けして探した方が良かったんじゃないかなぁ……!?」

「うーん……でも小野おのくんも言っていたけれど、この人混みで下手に分かれると今度は僕たちの誰かが迷子になってしまうかもしれないからね」

「だ、だよねぇ……うう、七海さん、もしかして遊園地あんまり楽しくなくて帰っちゃったのかな? それとも私が次々アトラクションに乗ろうとしたせいで嫌になっちゃったとか?」

「そういうことじゃないと思うよ。もし本当に嫌だったら、未来ならハッキリ断るだろうし。ただ未来はお化け屋敷を途中で抜けたみたいだから、こことは別の出口に出ちゃったのかもしれない」

「そ、そっか……良かった……」


 真太郎の言葉を聞いて、桃華はホッと安堵する。

 すると彼女の隣に腰掛ける真太郎が、ぽつりと呟くように言った。


「……未来は確かに人よりも感情が見えにくいけれど」

「?」

「今日の未来は、少しだけ昔の彼女みたいだと思ったよ」

「昔の……七海さん……?」


 桃華が聞き返すと真太郎はコク、と小さく頷く。


「昔の――僕が出会ったばかりの頃の未来は、いつも楽しそうに笑う子だったんだ」

「あ、あの七海さんが?」

「うん。今はもう笑わなくなってしまったけれど……僕にはあの頃の彼女の笑顔がすごく眩しくて、だから僕は――」


 そこまで言ってから、フルフルと首を横に振って口をつぐむ真太郎。どこか悲しげな笑みを浮かべる彼に、桃華は何も言うことが出来なかった。

 何故なら彼女は、真太郎のその横顔の中に一つの感情を見出だしていたから。

 自分や七海美紗ななみみさで、それでいてまったくのようにも思える感情を。


「……あ、あの、久世くん――」


 どことなく暗い空気の中、意を決して口を開いた桃華の声を、ピロリンッ、という短い電子音が遮った。ガクンッ、と首を折った桃華に「あっ、ごめん僕だ」と謝りながら、真太郎が携帯電話を取り出す。


「小野くんからだったよ。未来が見つかったみたいだ」

「そ、そっか。これでひと安心だね」

「うん。……ところで桐山きりやまさん、今なにか言いかけた?」

「う、ううん!? べ、別に何も!?」

「そ、そう? ならいいんだけれど……」


 慌ててぶんぶんと両手を振って誤魔化していると、今度は桃華の携帯電話の通知音がピロピロと鳴った。誰からだろうと液晶画面に目を向けると――


金山かねやまやよい:誰にも何も言わず、二分以内にフードコート前まで来い』


「(いやどういうことなのやよいちゃん!?)」


 ここには居ないはずの幼馴染みからの唐突な呼び出しに内心で叫ぶ桃華。そんな彼女の手の中で、もう一度携帯電話が振動する。


『金山やよい:来なかったらアンタが小四までオネショしてたことを久世くせにバラす』


「(い、行かねばっ!?)」


 ガタッ、と勢いよく立ち上がった桃華に、真太郎がビクッと肩を震わせた。


「ど、どうしたの、桐山さん?」

「ご……ごめん久世くん、ちょっとトイレに……じゃなくて、えーっとお手洗い……いやお花摘みに行ってくるね!?」

「その三つはどれも同じだと思うけれど……わ、分かったよ。じゃあここで待っているね?」

「ご、ごめんねっ、すぐ戻るからーッ!」


 黒歴史オネショのことをバラされてたまるかと駆け出す桃華。その背中に向けて真太郎が「そ、そんなにピンチだったのかな……」と呟いたことなど、彼女には知る由もない。



「や、やよいちゃんっ! タイムはッ!?」

「一分五九秒。やるじゃない、自己ベスト更新。これなら次のオリンピック、金も狙えるね」

「や、やった! ――じゃなくて!? な、なんでやよいちゃんがここに居るのさ!?」


 昼食をとったフードコートの前でコーヒーをすすっていた幼馴染みの少女に詰め寄ると、彼女は「それは後から話すとして」と質問を回避し、カラになったコーヒーの缶をひょいっと空高く放り投げる。

 それは見事な軌道を描き、彼女の右斜め後ろに設置された〝ビン・カン〟の貼り紙がされたゴミ箱のど真ん中にホールインワン。……無駄に卓越した技術を見せつけられたせいで、桃華の中から彼女を問い詰める気もすっかり失せてしまった。


「……アンタを呼びつけたのは他でもない」


 脱力する桃華に構わず、〝悪魔〟と呼ばれた少女は話し始める。


「――久世のことで、アンタに言いたいことがあるんだ」

「? く、久世くんのこと?」


 その名前が出た途端に姿勢を正す桃華に笑いつつ、やよいは「ああ」と首を縦に振った。


「まずアンタに一つ謝らなきゃいけない。実はこの数ヶ月の間、私はアンタの恋を応援する気がなくなっていた」

「!?」

「というより、アンタの恋だけを応援していたわけじゃなかった。でも今はそうじゃない。私は今、アンタと久世の恋を本気で応援したいと思っている」

「ちょっ、ちょっと待って!? いきなりどんどん話を進めていかないでよ!? ど、どういうことかちゃんと説明を――」

「で。私なりに今のアンタに足りないものを考えたわけなんだが……」

「無視!? 無視なのやよいちゃん!?」


 騒ぐ桃華を完全に置いてけぼりにしながら、やよいは有無を言わせぬ真剣な表情で続ける。


「アンタはに比べて攻め気が足りない。それも圧倒的に。というかハッキリ言ってトロい。もっとガンガン攻めなさいよ。あの久世真太郎をオトそうとしてるくせにいつまでチンタラお友だちムーブしてんの、小学生じゃあるまいし」

「いきなり怒涛どとうのお説教!?」

「久世と遊園地に来られるなんてそうそうないんだよ? なのになにを普通に楽しんでんだよアンタは。お遊び気分で遊園地に来るんじゃない!」

いまだかつてないほど意味がわからない怒られ方!? ゆ、遊園地って遊びに来るところだよねぇ!?」

「なに言ってんだアンタは。遊園地っていうのはジェットコースターやらお化け屋敷やら、なにかにつけては『怖ぁ~いっ!』と可愛い子ぶりながら男の腕にしがみつき――最終的に観覧車の頂上でキスするためだけに存在する施設でしょ」

「そんなわけないですけど!? やよいちゃんこそなに言ってんの!?」


 赤面する桃華のツッコミを「うるさい」と一刀両断した悪魔ギャルは、胸の前で腕を組んで仁王立ちをしながら言う。


「――桃華。アンタは、アンタだけはみたいになっちゃいけないんだよ。アンタの恋は――もうアンタだけの恋じゃなくなってるんだから」

「……?」


 凛とした、それでいて静かな声でそう言ったやよいの瞳には、桃華ではない誰かへのつぐないの色が浮かんでいるように見えた。

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