第一八一編 不安

「な~にを勝手にフラフラしてんだお前はぁ~~~っ!?」

いひゃいわ……」


 何も言わずにお化け屋敷から離れたせいで園内を走って探し回ったらしい悠真ゆうまの手で、未来みくはほんの数分前、自分が美紗みさにしたのと同じように頬をつねられていた。普段であれば触れられる前に手を払いけてやるところだが、今回ばかりは自分に非があるので甘んじて受け入れる。


「ま、まあまあ小野おのさん。お姉ちゃんがここにいるのは半分くらい私のせいなので……」

「はあ? ……つーかなんでお前がここに居るんだよ七海ななみ妹」


 未来を解放してジロリと目を向けてくる悠真に、美紗は「ま、まあ色々ありまして……」と言葉を濁した。「遊び慣れてない姉が心配だからついてきました」なんて馬鹿正直に答えれば未来に睨まれると理解してのことだろう。

 そんな美紗をジトッと怪しむように眺めた後、悠真はハッとしたように目を見開く。


「ま、まさかお前……!?」

「な、なんですか?」

「こ……こんなところまで久世くせのストーキングしに来たのか……? やめとけよ、それ普通に犯罪だぞ……?」

「違いますから!? なにを勝手かつ失礼な妄想で人を変態ヘンタイみたいに!? 私をと一緒にしないで貰えます!?」

「誰だよ、『あの人』」


 流石に冗談だったのか、それとも実際は真太郎しんたろうへのストーキングを止めることにそこまで熱心ではないのか、とにかく悠真は「まあいいや」と話題を戻す。


「とりあえず七海。お前は一人でフラフラすんのやめろ」

「な、なんでですか! 小野さんに指図される覚えなんてありませんけど!?」

「いやお前じゃねぇよ七海妹。中学生が一人で遊園地を歩き回るのもどうかとは思うけども」

「あっ、今のお姉ちゃんに言ったんですか……や、ややこしいですねぇ、その呼び方。もうちょっとなんとかならないんですか?」

「こんな呼び方になったのは主にテメェのせいだけどな?」

「え。だって小野さんに『美紗ちゃん』って呼ばれるの、めちゃくちゃキモいじゃないですか」

「真顔でナイフ刺してくんのやめろ。お前はどこぞの悪魔ギャルか」

「なにワケ分かんないこと言ってるんですか? キモいですよ?」

「まさかの二度刺し? 今ここでアナフィラキシーショック起こしてやろうかこの野郎」


 眼前で頭の悪い言い争いをする二人のことを、真顔でヒリヒリする頬をさすりながら見物する未来。

 思えば、未来は悠真と美紗が直接話すところをほとんど見たことがない。勉強会の時くらいだろうか。あの時、既に二人は知り合いだったようだが。

 しかしそれにしては随分仲が良い――かは分からないが、気の置けないやり取りをする彼らに、未来は少しだけ面白くない気分を覚えた。


「……二人とも、私の前であまりはしゃがないで貰えるかしら」

「え? ……あっ!」


 未来の言葉に一度不思議そうな表情を浮かべた美紗は、しかし次の瞬間には何かに勘づいたような、露骨に面白がっているような趣味の悪い笑みを浮かべる。


「ええ~!? なになに、お姉ちゃんまさかヤキモチ~!? 大事なお友だちが私と仲良くしてるのが気に入らないの――」

「私の可愛い妹にあまり近寄らないで、小野くん」

「そっち!? え、待ってよお姉ちゃん、まさかのそっちなの!?」


 なにやら一人で騒いでいる美紗を背中に隠すように一歩前に出ると、悠真は「あー、ハイハイ」と面倒くさそうに手を振るう。


「可愛い妹さんに近寄ってスミマセンでしたねぇ、お姉さん。ったく、これだから姉バカは……」

「姉バカで結構よ。妹に悪性腫瘍しゅようがつくのを未然に防げるのなら」

「……ああん?」

「……なによ?」


 バチバチと火花を散らす未来と悠真。そしてそんな二人を見て「駄目だ、この人たち……」とため息をつく妹。


「だいたいお宅の可愛い妹さん、一人で遊園地こんなとこ来てるみたいだぞ。さては寂しい人かぁ?」

「ちょっとー!? もうこれやった、数分前にもうやりましたよこの流れ! それ二人の喧嘩なんですよね!? だったら私を巻き込まないで貰えます!?」

「……くっ……」

「お姉ちゃんも『返す言葉がない……!』みたいな顔してないでちゃんと反論してよ!? さっきも言ったけど、別に私一人でここにいるわけじゃないからね!?」

「なんだ七海妹。お前、ちゃんと友だち居たのか」

「言い方!? その言い方だとまるで私が普段から友だち居ないみたいじゃないですか!? やめてください、私は人望壊滅してるお姉ちゃんと違ってとっても社交的なんですから!?」

「もう一度つねってあげましょうか?」

「いえもう結構です、ごめんなさい」

七海おまえの人望が壊滅してんのは事実だろ……痛えっ!?」


 伸ばされる姉の手からじりじりと後ずさっていく妹と、余計なことを言ったせいでぎゅむっと足を踏まれる男の姿がそこにはあった。

「本当のことを言っただけなのに理不尽すぎる……」と泣き言を呟きながら足を擦る悠真を見下ろしつつ、未来はチラリと美紗に視線を向けた。


「それで美紗。貴女の『先輩』というのはどこに居るのよ?」

「あー……それが、お姉ちゃんに見つかるほんのちょっと前にはぐれちゃったんだよね。……まさか真太郎さんのところに行ったのかな、いやでも流石にそれはないよね……?」

「?」


 最後の方はよく聞き取れなかったが、なにやら不安そうな表情を浮かべる美紗に、未来は疑問符を浮かべていた。

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