第一七八編 ビビり×3

 ――そこは、かつて凶悪な犯罪者たちが収容されていた監獄。

 繁華街をく人々を次々に刺し殺した殺人鬼。

 若い女をさらっては、欲望のままにいたぶり死に至らしめた強姦魔。

 自らの患者を病死と偽り、その臓器を裏社会に売り捌いていた闇医者。

 上空一万メートルを飛行するジェット機をとし、三〇〇人近い乗客の命を奪ったハイジャック犯。

 いずれも気の狂った最凶の犯罪者――そんな彼らがまとめて収監されていたこの監獄と、一月ひとつきほど前から連絡が取れなくなったらしい。


 伝達のメールを入れても返事はない。電話をしてもツー、ツー、とむなしい話中音ビジートーンが響くばかり。不思議に思って直接訪問へ向かった調査員は――二週間前に音信不通となったという。

 場所が場所ゆえに予測不能の事態が起きているのではないか、面白いネタが引き抜けるのではないか。

 そう考えた週刊誌記者のあなたたちは、門扉もんぴの開かれている大監獄の中へと踏み込むのであった――


「(……これ、お化け屋敷って言わんだろ……)」


 ……お化け屋敷の待機列の途中、もう少しで俺たちの順番だというところで、設置されているモニターに繰り返し流されている〝設定〟映像を見て、俺は心の中でクレームを入れていた。

 少なくともこの映像を見る限り、このお化け屋敷に〝お化け〟の要素は感じられない。いや、確かに最近のホラージャンルの中にはリアル路線を突き詰めた恐怖を煽ってくるものも少なくないと聞くが……。


「……絶対中で犯罪者が暴れてるやつだよな、これ」

「うん……わざわざこんなところにまで取材に来るなんて、すごく仕事熱心だね、記者ぼくたち……」


 久世くせと二人、現実逃避じみた言葉を交わす。

 俺はホラー映画なんかも人並みに見られる方だが、それでもお化け屋敷――特に今回のようなウォークスルータイプ――は苦手だ。画面越しに見る分には楽しめるものの、自分がその世界観に巻き込まれるとダメというか。


「……なあ、もし後ろから殺人鬼に追いかけられてる途中で足をもつれさせて転んだらどうなると思う?」

「い、一応アトラクションなんだし、待ってくれるんじゃないかな?」

「本当にそうか? たとえば殺人鬼がガチのチェーンソーを振り回してて、そんで追い付かれる直前で俺が転んだとして。転んだ俺につまずいたそいつの手から落ちたチェーンソーが俺の背中に突き刺さってガガガガッってなったら――いだっ!?」


 ネガティブな想像を繰り広げている途中で突然足に痛みが走り、悲鳴を上げる俺。見れば隣に立つ七海ななみが、俺の左足先を踏みつけていらっしゃる。


「な、なにしやがる、テメェ……!?」

「……」


 左足を押さえてうずくまる俺からぷいっ、と視線を逸らすお嬢様。……ははーん。


「……それはそうと久世、こんな話を知ってるか?」

「え? な、なに?」


 チラッと心配そうに七海を見ていた久世に話し掛ける。


「さっきの映像にも出てきてたけど、ゲームに出てくる闇医者ってのは、麻酔なんか使わないんだよ……」

「えっ……ど、どうしてだい?」

「そりゃあそうだろ……どうせその患者を〝病死〟ってことにして内臓を売り捌くつもりなんだぜ……? 麻酔なんか無駄に金をかけるだけじゃねえか……要するに闇医者は生きたまんま腹を切り開いて、激痛に泣き叫ぶ患者を笑って見下ろしながら内臓をいだだだだだっ!? 痛い痛い痛いっ!?」

「!?」


 文字通り叫びだした俺にぎょっとする久世。しかし別に話の中の患者に感情移入し過ぎたわけではなく、現実にむぎゅ、むぎゅ、むぎゅっと足を踏みつけられたがゆえの叫びだ。

 俺は再び踏まれた足を押さえつつ、ニヤリ、と顔を逸らしたままのお嬢様を見る。


「……七海、お前実は今めちゃくちゃビビってるだろ」

「…………そんなわけ、ないでしょう」

「……」

「……」

「……あっ、そうだ、闇医者と言えば――」

「ッ!」


 また話し始めようとする俺の足を踏みつけて止めようとする七海。しかし俺は「おっとぉーっ!」とその予測可能な攻撃をサッと足を引いて回避した。履き慣れていない安物の靴でコンクリートの床にビダンッ、と地団駄じだんだを踏む形になったお嬢様が「……ぅくっ」とほんのわずかな悲鳴を上げる。


「お前、意外と弱点だらけだな、おい。完璧お嬢様はどこいった?」

「……怖くなんてないと言っているでしょう」

「ヒッ!?」


 ギロッ、と殺意すら感じる瞳を向けてくる七海に、俺の後方に立っていたせいでとばっちり的にそれを目撃した久世が情けない声を出す。

 が、残念ながら俺にはもう七海コイツへの苦手意識はない。そんな目で睨まれたところで、虚勢だというのは丸分かりだった。

 珍しく弱点丸出しのお嬢様にニヤニヤと性格の悪い笑みを浮かべていると、キラキラした瞳でかじりつくようにデモムービーを見ていた桃華が「悠真ゆうま悠真!」と嬉しそうに言う。


「次私たちの番だよ! 楽しみだね!」

「……えっ」


 言われて顔を向けると、いつの間にか二時間以上並ばされていた長蛇の列の先頭に達している。それと同時、モニターからガシャアンッ! という鉄格子を殴り付けたかのような大音量が響いた。


 ――えっ、次? ……マジで?


 二時間前から「まだ二時間あるし」「まだ一時間あるし」と恐怖心を先延ばしにすることで平静を保っていた俺の額に汗が浮かぶ。

 チラッと右を見れば、桃華に「ちょう楽しそうだね!」と満面の笑みで言われて「楽しそう……?」と遠い目のまま首を傾げるイケメン野郎の姿が。

 そして左を見れば、俺と同じくらい青い顔をしながら震えているお嬢様が、しかしフッ、と憐れむような目で俺を見ていた。


「……ど、どうしても怖いと言うのなら、手を繋いであげましょうか、小野おのくん……?」

「ば、ババ、馬鹿にすんなよ!? 俺は全然怖くないねっ!? なんなら桃華と一緒に殺人鬼と握手してやるねっ!?」

「そ、そう。だったら私は……さっきのフードコートでお茶して待っているわ」

「逃がすかぁっ!? ここまで来たらテメェも道連れに決まってんだろ!」

「貴方の道連れなんて絶対嫌っ……!」

「どういう意味だそれはっ!?」


 突入寸前でギャーギャーと言い争う俺たちに、中から現れた係員のお姉さんが「はい、次のお客様ご案内しまーす」と素敵な笑顔で言ってくる。

 ……それを聞いた俺、久世、七海の三人が揃って無言になったことなど、言うまでもないことだった。

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