第一七七編 科学的に(フラグ)



「よーしっ! 次はどこに行こっか!? 他のジェットコースター!? それとも急流滑り!?」

「こ、この時期に急流滑りはちょっと……。それにご飯を食べた後だし乗り物系は控えて、最初は少し軽めに……」

「そうだね! じゃあこっちの日本一怖いって有名なお化け屋敷にしよう! 怖すぎて吐くってくらいヤバイやつらしいよ!」

「話聞いてたかい!? 全然軽くないよねそれ!?」

「えっ? これ歩くタイプウォークスルーのお化け屋敷だから乗り物には乗らないよ?」

「いやそこだけ忠実にされても!?」


「(今の桃華ももかに任せるとどうあがいても絶叫コースだな……)」


 昼食を済ませてフードコートを出た俺たちは、次のアトラクションを目指して園内を歩いていた。

 休憩を挟んでもテンションの変わらない頼もしい幼馴染みの後ろ姿と、そんな彼女をなんとか制そうとしているイケメン野郎に苦笑していると、ふと隣を歩く帽子マスクがピタリと立ち止まる。


「? どうした、七海ななみ?」

「……いいえ……ただ」

「ただ?」

「どこからか、何者だれかの視線を感じるわ」

「なにそれ無駄に格好いい」


 少年漫画の強キャラのようなことを言い出したお嬢様に、俺は言葉とは裏腹に微妙な顔を作った。


「んなもん今さらだろ? お前顔だけは良いんだから、こんだけ人が居るところ歩いてりゃ見られてもおかしくないじゃねえか」

「そういう視線じゃないわ。……それと『だけ』は余計よ」


 不満げに言いつつ、頭を動かさずに後方へ意識を向ける七海。コイツがそう言うなら嘘や気のせいではないのだろうが……。


「でも遊園地こんなところでお前が誰かに見られる理由なんてあるか? 仮に初春うちの生徒が来てるとしても、その格好じゃあ七海未来おまえだって分かんねえだろ?」


 校内ではいつも面白味のない制服姿しか見せない七海の私服姿というのは地味にレアだったりする。俺も今日のように特別なことでもない限り、〝甘色あまいろ〟くらいでしか彼女の私服を見ることはない。

 それに今日の彼女の服は本郷ほんごうさんが可能な限り〝普通〟なものを選んでくれている。いつもの、素人目にも高級品だと分かるような服ではない。

 だから今の七海は、見た目だけなら本当に〝普通の女子高生〟である。仮にたまたま学校の連中が近くに居たとしても、彼女が七海未来だとは夢にも思うまい。


 ……とはいえ七海はこれでもお嬢様。ボディーガードの本郷ほんごうさんが意外なほどあっさり許してくれたのでこうして遊園地に来られているが、本来であればこういう人混みは避けるべきなのだろう。


「……気になるか? 心配なら久世たちにも事情を話して――」

「……いいえ、そこまで大事おおごとにしなくていいわ。それにどうせ本郷がどこかで見ているはずだから」

「ああ……」


 微妙に遠い目をした七海に、俺も同じような顔をする。……たしかにあの人の過保護っぷりなら七海に「来るな」と言われてもどこかから見守っている可能性は高い――いや、見守っているに違いなかった。


「とはいえ、本当に大丈夫か? あれだぞ、人混みの中でお前が誘拐とかされても俺は助けに行けないんだぞ?」

「相変わらず貴方はフィクションの影響を受けすぎよ。貴方にそんな高次元の期待をしたことなんてこれまでに一度もないのだけれど」

「はあ!? おいおい言っちまったなお嬢ちゃん。俺はこう見えてもゾンビ映画の登場人物の中では〝死んだフリをして窮地を切り抜けるキャラ〟に最も共感するほどクレバーな男なんだぜ?」

「つまり他の登場人物の生存率を向上させることは出来ないのね」

「……」


 スッ、と目を逸らした俺に、七海は露骨にジトッとした目を向けてくる。


「……この先、貴方が異性に好かれるような日は来るのかしらね」

「おいやめろ、勝手に俺が今後一生誰からも好かれない可能性を案ずるな」


 そんなことを話していると、先行していた久世と桃華がこちらを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら行き先はお化け屋敷に決まったようである。…………。


「……七海、俺から離れるなよ。俺の手の届かないところへ行かれると、いざってときに困るからな」

「そう。……要するにお化け屋敷が怖いのね」

「ちち、違うし、怖くないし!? でもお前が怖いって言うなら、手くらい握らせてやってもいいけどね!?」

「嫌よ、なんだかぬるぬるしていそうだもの」

「しとらんわ!? やめろその『生理的に無理』みたいな言い方!?」

「それに生憎あいにくだけれど、私はお化け屋敷程度で怯えたりはしないわ」

「言っとくけどお前それ最初のジェットコースターの時も言ってたからな? もう全然説得力残ってないからな?」


 なんだかんだでジェットコースターでもフリーフォールでも俺や久世と同じくらい怖がっていたお嬢様に現実を突きつけてやると、彼女はフッ、と無知な人間を小馬鹿にするかのように鼻で笑った。


「大丈夫よ。お化けなんて、科学的に存在するはずがないのだから」


 ……それが典型的なフラグ発言であることを、このお嬢様は果たして理解しているのだろうか。いや、していない。

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