第一七六編 勘違いエスカレーション
★
「(……あれ? なんで私、ライバルの
どこか吹っ切れたように笑うギャルの表情を見て我に返った
美紗の予想では、おそらくやよいもまた
であれば、自身の恋こそ最優先とする美紗はそれを静観すべきだ。勝手に真太郎をめぐるライバルが一人減ってくれるのなら、それに越したことはないのだから。
それなのにわざわざ「迷うことなんてないじゃないですか」などと言って、彼女の迷いを断ち切らせてしまったのである。
「(――し、しまったぁ!? な、なにやってんの私ぃ!?)」
一拍置いてガーン、とショックを受ける中学三年生。
見れば眼前のギャルは「迷う必要なんてなかった」などと、完全に問題解決の雰囲気を醸し出している。……とても前言撤回など出来そうもない。ここで「い、いやっ!? やっぱり金山さんは真太郎さんのこと、諦めた方がいいと思いますけどねっ!?」なんてブレブレの主張をするなど、美紗の人間として大切な部分が汚れてしまう気しかしない。
「ありがとう、美紗ちゃん。決意、固まったよ」
「えっ……ああはい、そうですか……」
急激にテンションの落ちた美紗に、お礼を言ったやよいはきょとんと首を傾げた。
しかしギャルは特段気にした様子もなく、代わりにとばかりに聞いてくる。
「でも、いいの?」
「はい? なにがですか?」
「敵に塩を送るようなことしちゃって。私が言うのもなんだけど、これじゃあ美紗ちゃん、久世と付き合えなくなっちゃうかもしれないよ?」
「(なにその自信!? ど、どんだけ自分に自信あるのこの人!?)」
なにやら挑発的な目を向けてくるやよいにドン引きする美紗。
つまり彼女は、美紗と桃華というライバルが居てもこの恋愛レースに勝つ気満々ということだろうか。
「い、言うじゃないですか!? でもそんな簡単に行きますか!? 私はあなたたちなんかよりもずーっと前から真太郎さんにアピールしてきてるんですからね!?」
「――想いの長短だけで恋心は測れないよ」
「なんですかその無駄に実感ありげなコメント!?」
まるでつい今しがた、そのことを思い知ったばかりであるかのように痛切さが
「(ほ、本気なのこの人!? ま、まさか誰よりも早く真太郎さんをオトす自信があるというの!? 私はもちろんだけど、
それなのに、ついさっき覚悟を決めたばかりのやよいに勝ち目なんてあるのだろうか。それとも禁断の秘策でもあるとでも言うのか?
ゴクリ、と生唾を飲み込む美紗。普通に考えればとるに足らない相手のはずなのに、ギャルのかなり自信満々な様子を受けて、もしや自分は眠れる獅子を起こしてしまったのかも……という不安が胸に去来する。
「(お、怯えてどうするの、美紗っ! 大丈夫、ハッタリに決まってるわ! たしかに桐山先輩と違って自分から積極的に恋に動きそうな人ではあるけど、でもつい最近話すようになった程度なら、まだ真太郎さんの好みのタイプさえ知らないはず……ハッ!?)」
そこで私の頭上にピシャアッ、と稲妻が落ちた。
「(そ、そうだったーッ!? この人は小野さんが桐山先輩の恋を応援してるってことまで知ってるんだから、小野さん経由で真太郎さんの情報を聞き出していてもおかしくない!)」
というか間違いなく聞き出しているだろう。だとすればやよいの持つ情報量は桃華とほぼ同等と考えられる。先ほどの妙に自信満々な様子は、それに裏打ちされたものだったに違いない。
だとすれば彼女は桃華と違って脅威足りうる。
なにせこのギャルは〝知り合いの妹〟でしかない美紗に声を掛け、わざわざ
美紗の頭にインプットされている男性に関する情報が正しければ男という生き物は皆、女子高生とギャルが好きらしい。つまり金山やよいは、男に好かれる要素を複数持ち合わせたハイブリッドということになる。
「(い、いや待て、落ち着け私。私の客観的な評価は――〝知的で可愛い清楚系お嬢様〟)」
どこからか「え……?」という懐疑的な声が聞こえたような気がするが、美紗はそれを無視して思考を続ける。
「(真太郎さんは見た目より
一人うんうんと頷く美紗。……ちなみに彼女はとある少年から「生意気で失礼な中学生」と思われているなどとは露ほども考えていなかった。
するとちょうどその時、彼女の隣に座っていたやよいがちょいちょい、と美紗の肩に触れた。
「美紗ちゃん。桃華たち食べ終わったみたい。私たちもそろそろ出よう」
「あっ……は、はい!」
いけないいけない、と自分のことでいっぱいいっぱいになってしまっていたことを反省して
どうやらやよいはこの後もあの四人に
「(とはいえ冷静ね、この人……好きな人が他の女と遊園地で遊んでるっていうのに、まるで嫉妬してる様子が感じられない……)」
余裕のある美紗でさえ、桃華と真太郎が楽しげに話しているのを見ると多少はメラッとくるわけで、それを一切感じさせないとは驚嘆に値する。まるで本当は真太郎のことが好きではないかのようだ。
「(これが女子高生……オトナの女の余裕ってやつなの……? わ、私の優位は揺るがないけど、やっぱり金山さんのことは警戒しておいた方がいいわね……)」
いつの間にかやよいに一つ残らず食べ尽くされたサンドイッチが入っていたランチボックスの蓋を閉めながら、美紗は警戒対象が増えてしまったことに静かにため息をついた。
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