第一七四編 「好きな人が幸せなら」

 七海未来ななみみくの妹、七海美紗みさと出会った私は、姉の初遊園地を見守りに来たという彼女と行動を共にすることにした。

 これといって深い意味はないが、強いて言えば久世くせにのことが好きだというこの中学生を放置して、もしも桃華ももかと久世が良い雰囲気になったりした場合に邪魔立てされないためにだ。現状〝どっちつかず〟の私は、どちらに転んでも大丈夫なようにあらゆる可能性を考慮して動かねばならない。

 後は単純に、遊園地を一人ぼっちでコソコソ歩き回ることに若干の抵抗を覚えたという理由もあった。人とつるむのがそこまで好きではない私でも〝一人遊園地〟は流石にレベルが高すぎるだろう。


 それはさておき時刻は一時頃。フードコートで昼食をとる桃華たち四人の方は、なかなか上手くやっているようだった。

 桃華、小野おの、久世の三人は普段から仲が良いので、そこに一人放り込まれる七海未来が若干不憫ふびんだと思っていたのだが、それも無用な心配だったらしい。彼女を誘った小野は当然として、人当たりの良い真面目組二人も積極的に彼女とのコミュニケーションを図っている。なんだかんだ勉強会やらバレンタインの一件やらで絡んできたのは無駄ではなかったのだろう。

 もっとも、久し振りの遊園地でテンションマックスの桃華に連れ回されているあの三人は揃って不憫だとも言えるが。いつも余裕のイケメンスマイルを浮かべている久世でさえ、既に疲労感が顔に浮かんでいる。……大丈夫なのか、まだあと半日残ってるけど。


「(でも……楽しそうにやってるじゃん、それなりに)」


 桃華、久世、七海未来の三人の距離感はまだぎこちないものの、小野がその間を絶妙に取り持っているようだ。あの四人の中で唯一、全員と遠慮なく絡めるのはアイツだけだからな。まあ遊園地で遊ぶという提案をしたのは小野なので当然といえば当然のことなのだが。

 しかしあの男、自分の友だちは少ないくせに他人同士をどうこうするのだけは異様に上手いな。七海未来しかり、桃華と久世然り……。

 よくよく考えれば、数ヶ月前まで久世の前ではロクに話すことも出来なかった桃華が、彼と遊園地に来られているというのもとんでもない進歩である。


「(七海未来を遊園地まで引っ張り出したのも大概だけど……本当、なんでその労力を自分のために使わないのやら……)」


 小野も桃華と遊園地で遊べているのだし、ある意味自分のための労力と言えなくともないのかもしれないけれど。

 遊園地の、どう考えても金額に対して満足度が釣り合わないしょぼいパフェをおかわりしに行こうとするお嬢様の手を引いて「止めろ止めろ!」と騒いでいる馬鹿野郎を見て息をつく。朝から観察している限り、本人は普通に楽しそうにしているというのが複雑なところだ。アンタはそれでいいのか。

 そもそもあのメンツで遊園地に来た以上、小野はここでもなにかしようとしているのだろうが……今のところそんな素振りは見せていない。どう見ても美味うまそうにうどんをすすっているだけだ。


「(人がアンタのために頭悩ませてるってのに呑気な奴……)」


 見ているとなんだか腹が立ってきたので、私もフードコートでなにか買ってきてやけ食いしてやろうか、などと考えていたその時。


「――金山かねやまさん」


 カウンター席の隣に座る七海美紗が、やけに真剣なトーンで話し掛けてきた。


「ん? どうかした?」


 内心でなんだなんだと思いつつ、年上らしくなるべく穏やかな声で聞き返すと、彼女は酷く悩ましげな表情で言った。


「――誰かのために〝失恋〟するって、どんな気持ちなんでしょうか」

「……えっ?」


 えっ、なんでそれを私に聞くの? という気持ちになる私。対する中学生は「金山さんなら答えられますよね?」とでも言わんばかりの顔でこちらを見つめている。


「……私には、どうしても分からないんです。自分が〝失恋〟してまで好きな人の恋を応援する人の気持ちが……」

「(いや、そんなの私も分からんけど)」

「その人のことが本当に好きなら、その気持ちをきちんと伝えるべきなんじゃないかと思うんです。でも……それは偏向的な考えなんでしょうか……?」

「(いや、私もまったく同意見だけど)」


 おそらく彼女が言っているのは小野のことなのだろうが、私だってあの馬鹿は桃華に想いを伝えるべきだと今でも思っている。彼女の恋を応援したいなら、告白し、玉砕してからでもいいのだから。というかその方がコソコソ陰で動く必要が無くなって良いとさえ思っているが。

 私がどういう答えを求められているのだと迷っていると、七海妹はなぜか「す、すみません、答えづらいですよね、金山さんも……」と頭を下げてきた。……〝も〟ってなんだ?


「……あの、金山さんと真太郎さんは最近話すようになったと仰っていましたよね?」

「(私と久世? ん? なんで急に私と久世の話?)」


 分からないながらも「まあ、そうだね」と頷くと、彼女は不自然なほど緊張した、というより心苦しそうな顔で続ける。


「……もし、もしもお二人が出会ったのが高校ではなく、中学校よりも小学校よりも前からの付き合いだったとしても……何年間も、ずっと一途に想い続けていたとしても、それでも――」


 それは、どこかで聞いたことのある〝仮定もしも〟。


「それでも――好きな人が幸せなら、自分の〝失恋〟も受け入れられますか?」

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