第一七三編 アウトサイダー
★
学年末考査の前、
理由は大きく分けて二つ。一つは私はあまり遊園地というものを楽しめない人種だから。そしてもう一つは――今の私は、自分の立ち位置を決めあぐねているから。
というのも私は未だに、どうしても
幼馴染みである桃華のことを一〇年も一途に想ってきたくせに、桃華が学年一のイケメンに惚れていると知るや、その想いを捨ててまで彼女の恋を影から支えてきた馬鹿野郎。
学校でも、アルバイト先でも、年に一度のクリスマスでも、
あの男の存在が、努力が、献身が。私の心に迷いを生じさせてくるのだ。
「(――もしも……もしも
桃華と久世のクリスマスデートのことが露見しかけた時、私は一度本人に言ったことがあった。「私がアンタの恋を応援してあげようか?」と。桃華に対しても、そして小野に対しても失礼極まりない、デリカシーの欠落した言葉を。口にした後、自己嫌悪で最低な気分になったことを今でも覚えている。
しかし同時に、あれは私の本心でもあった。小野なら、桃華のためにあそこまで尽くせる男なら、きっと誰よりも桃華を幸せにしてくれるだろうと思ったから。
あの時は即座に「要らねえよ」と突っぱねられてしまったが、もし仮に彼が私の協力を受け入れていたら――きっと今頃、私は桃華の気持ちを久世から小野に仕向けようとしていたのだろう。
親友の想いを無視して、彼女のためだと自分に言い聞かせて、なんとかして久世真太郎を諦めさせようとしていたのだろう。そう考えると笑えてくる。やはり最低な女だな、私は。
「(……
数週間前、ずっと小野に手を貸していたあのお嬢様が突然彼への協力を止めた詳細な理由までは私も知らないが、なんとなく予想はついていた。
突然ですがここで問題。
自分の恋を犠牲にしてまで好きな人の恋を応援している、あなたのたった一人の友人がいます。彼は自分がどんなに傷付こうが、無茶をしようが、好きな人の想いを叶えてあげたいようです。
さて、
――
友情とは一種の差別だ。
たとえそれが友人の切なる願いだとしても、そこに傷や痛みが伴うのなら
要するに七海未来がしたことはそれだ。彼女はただ、友人である小野に無茶をしてほしくなかったのだろう。気持ちはよく分かる。もし小野の恋のために桃華が真冬の川に飛び込んだりしたら、私は彼女に往復ビンタを喰らわせた上で二度とやるなと叱りつけるはずだ。
そして、私が桃華の恋を応援しきれない理由だってそう。
一度しかない高校生活を学年一のイケメンへの片想いだけで終わらせるくらいなら、呆れるほど真っ直ぐに、一途に桃華を想っているどこかの馬鹿と結ばれた方が幸せなのではないかと。
報われない恋になる可能性が高いのなら、これ以上想いが
七海
「(……だけど、私が久世との恋を応援しないと言ったら――)」
――桃華はきっと、悲しむんだろうな。
そして悲しみながらも、「そっか」と微笑んでくれるのだろう。
あの子はそういう子だ。そういう、優しい子なのだ。
小野は桃華に自分と同じ思いをしてほしくないと言った。
告白もせぬまま〝失恋〟する痛みを、桃華には味わって欲しくないと、そう言っていた。
その気持ちも――やはり分かってしまう。優しいあの子の悲しむ顔は、幼馴染みの私たちには苦すぎる。
過保護だと思われようとも、あの子にはいつも笑っていてほしい。あの子の太陽のような笑顔に、私たちは何度も救われてきたから。
「(――〝トロッコ問題〟……)」
ジレンマだった。久世をこのまま想い続けても、あるいは想い続けなくても、きっとあの子は苦しむことになる。たとえその想いが成就してもしなくても。
そしてそれはきっと、小野だって同じだ。
自分の恋よりも桃華の恋を優先してしまうほど彼女のことが好きなアイツは、桃華が悲しめば我が身を切られたように思うのだろう。
一方で彼にとって、桃華が幸せになるということは
たとえ彼の陰なる尽力の果てに桃華の幸せがあったとしても、それを桃華は認知できない。それを知るのは、私や七海未来のような〝外野〟だけ。
「(……なんでもっと早く告白しなかったんだ、アンタは。これが、あの子が久世に出会う前だったら、あの子が初恋に落ちる前だったなら――)」
なんの気兼ねもなく、アンタの背中を押してやれたのに。
アンタがフラれたとしても、桃華の久世への気持ちを応援することを
「(――どうして、今なんだよ……)」
私は悩んでいた。自分はどうすればいいのか。誰の気持ちを応援すればいいのか。
だから私はわざわざ彼らに隠れて
今日ここで、誰の味方になるかをハッキリさせるために。
私の視界になにやら怪しげな少女が入ってきたのは、そんな決意とともに園内へ入った直後のことだった。
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