第一七二編 勝者と敗者

 お昼過ぎ、食事に向かった姉たちを追って、美紗みさも人にまみれたフードコートへ侵入した。

 ワイワイと楽しそうに話す彼らを見ながら持ち込んだサンドイッチをもそもそと頬張るのはなかなかにむなしい。だが今日の作戦の言い出しっぺは自分なのだから泣き言は言うまい。

 するとガラス張りの壁際に設置されたカウンターの隣席に座る茶髪ピアスのギャルから「ねえ」と声を掛けられた。


「それ、なんのサンドイッチ?」

「ああ、これですか? これはうちの使用人が作ってくれたハムエッグサンドですよ。食べますか?」

「いいの? じゃあお言葉に甘えて一切れいただくね、ありがとう」

「はい。……」


 気前良くランチボックスを差し出した美紗はしばらくニコニコした顔のまま硬直し……そして数秒のを置いてから呟くように問う。


「……あの……なんで私と金山かねやまさんが行動を共にしてるんでしょうか……?」

「え、今更それ聞く?」


 開園直後に遭遇してから約四時間も一緒に居たことになるので、たしかに今更過ぎる質問だった。


「私も美紗ちゃんも同じ人、っていうかグループをけてるんだし別にいいじゃん」

「まあ確かにそうですけど……いや、でもなにも一緒に居る必要はないのでは? ほら、私たちって一応敵対的な関係なわけですし……」

「このサンドイッチ美味しいね。もう一個貰ってもいい?」

「あ、はい。たくさんあるのでどうぞ――じゃなくてっ!?」


「話聞いてます!?」と糾弾するも、やよいはそこらの自販機で買った缶コーヒーを片手にあさっての方を向いている。その先には昼食を買って席に着いた未来みくたち四人の姿があった。


「良かったね。お姉ちゃん、結構上手くやってるみたいじゃん」

「はあ……そうですね」


 続きを話すことを諦めた美紗は、ギャルにならって姉たちの様子を観察する。彼らの着いたテーブルは美紗たちからそう遠くない。これなら盗聴機を起動させる必要もなく会話を聞き取ることが出来そうだ。


「……というか盗聴機って、いくらなんでもやりすぎでしょ。姉の動向を三人がかりで観察するのも大概だけど」

「か、金山さんだって似たようなものじゃないですか」

「まあね」


 三つ目のサンドイッチに手を伸ばすギャルを見て、美紗は結局彼女がここに居る理由を聞いていないことを思い出す。

 小野おの悠真ゆうまに頼まれて桐山きりやま桃華ももかの恋に関係するなにかをしようとしている、といった分かりやすい理由なら良かったのだが、本人曰くそうではないらしい。

 無論、嘘を話しているというセンも有り得るが……美紗の瞳には彼女が一時しのぎの嘘を吐くような人間には見えなかった。そもそも、それなら美紗とは別行動をとろうとするはずだ。


『いつまでもじゃ居られないから……今日ここでハッキリさせようと思ったんだ』


「(……あれは、どういう意味なんだろう……?)」


 推量しようにも、美紗の持つ金山やよいという女の情報は極めて少ない。〝どっちつかず〟という言葉を用いたからには、彼女は今なにかの間で揺れているのは間違いないのだろうが。後は、それがおそらく桐山桃華の恋に関するなにかだということも。


「(真太郎さんとの恋を応援するかどうかで迷ってる……とか? ハッ!? そういえばさっき金山さん、『桃華あの子の恋を応援』って言ってた! 過去形!? ということは、今はそうじゃないってこと!? つ、つまり――!)」


 美紗はごくりと唾を飲み込み――結論を下した。


「(金山さんも真太郎さんのことが好きだったんだ――!?)」


 目の前でむっしゃむっしゃと四つ目のサンドイッチを頬張るギャルに戦慄せんりつする美紗。

 たしかにそう考えると合点がいく部分が多々あった。わざわざ遊園地こんなところまで着いて来ているのも、美紗に真太郎に関する牽制けんせいじみたことを言ってきたのも。

 要は〝どっちつかず〟というのは幼馴染みである桃華の恋と自分自身の恋、どっちを選ぶべきか分からない、ということだったのだ。


「(金山さんは今、迷ってるんだ……だからこうして桐山先輩と真太郎さんの様子を観察して、もし二人が良い雰囲気だったら諦めて身を引こうと……! な、なんて健気けなげなの……!?)」


 目をうるうると潤ませて、第一印象は決して良くなかったギャルへの認識を改める美紗。……ちなみにそのやよいはと言えば、食事をする四人を眺めながら「うどん、いいな……」と呟いている。


「(だ、駄目よ美紗! たとえどんなに健気だろうと、この人だって真太郎さんを想う敵なんだからね!?)」


 一人目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭い、鼻をすする。

 そうだ、美紗にとってなによりも優先すべきは自分の恋なのだ。もしも姉の未来が真太郎に惚れたというなら、彼女だって敵に回す覚悟である。だからたとえ健気でも、同情の余地があろうとも、ライバルを応援するような真似は出来ない。してはいけないのだ。

〝自分の恋のみに尽くす〟――それこそが恋愛のあるべき姿なのだから。


「(……でも、どうして金山さんも小野さんも、桐山先輩の恋のためにそこまで……)」


 美紗にはどうしても理解できない。身を焦がすような恋慕に突き動かされて生きている彼女には。

 姉はよく「人間は利己のために生きる」と口にする。そして美紗もそうだと思っている。流石に未来みくほど極端に、他人すべてを排斥してまで自らの安寧あんねいを求めるほどではなかったが、しかしきっと世界に生きるほとんどの人間は利己的そうだろう。


 恋愛こそ、その最たる例だ。

 一夫多妻、一妻多夫が法律的に認められない日本において、誰かを好きになるということはイコールで同じ誰かを想う恋敵のすべてと争うということ。

 努力し、知恵を絞り、出し抜き、蹴落とし、先手を打ち、後の先を取り。たとえどんな手段を用いようが、恋敵が血の涙を流そうが、最後に想い人と結ばれた一人だけが勝者。

 逆に言えば、勝者でない者は例外なく敗者である。自ら勝者になろうとしない者は、たとえどれほど恋い焦がれようが敗者にしかなれない。

 そしてそれは、〝身を引く〟などという綺麗な言葉で飾られた彼らだって同じだ。同じ――はずなのに。


「――金山さん」

「ん? どうかした?」


 場にそぐわないほど呑気な声で顔を向けてくるやよいに、美紗は真剣なトーンで言う。


「――誰かのために〝失恋〟するって、どんな気持ちなんでしょうか」

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