第一七一編 〝同類〟

「……それで美紗みさちゃんは見たところ……お姉ちゃんのお目付け役ってところかな?」

「うっ……」


 あっさりと看破されてうめき声を上げた美紗に、やよいはクスリと笑みを漏らす。


「優しいんだね。お姉ちゃんが心配だった?」

「……まあ……姉はああいう性格ですから……」


 言い逃れは無理だと悟った美紗は、諦めて事情を説明することにした。もっともこのギャルが姉たちとどれくらい親しいのかは未知数なので話せる範囲で、ではあるが。

 そしてある程度話し終えたところで、今度は美紗の方から切り込む。


「……あの、金山かねやまさんは小野さんたちとどういう関係なんですか?」

「私? そうだなあ……」


 鞄から取り出したパックの豆乳を軽く口に含んだギャルは、少しだけ考えるような仕草をしてから続けた。


桃華ももかの幼馴染みなんだ、私。ついでに今はクラスメイトでもあるけど」

「えっ。桐山きりやま先輩の、ってことは……小野おのさんとも……?」

「ああうん、一応ね、一応。といっても、アイツとまともに話すようになったのなんてつい最近のことだけどさ」

「幼馴染みなのに、ですか?」

「幼馴染みだからってあんなのに興味持つほど暇じゃなかったんだよね、私」

「(真顔で酷いこと言うな、この人……)」


 自分のことを棚上げにしてそんな感想を抱きつつ、美紗は「それじゃあうちのお姉ちゃんと真太郎しんたろうさんとは?」と相槌を打つ。


七海ななみさんとはこないだ初めて喋ったばかりだからなんとも言えないな。強いて言えば顔見知り? 向こうは私の名前も覚えてないかもだけど」

「さ、流石にそんなことは……。……あるかもしれません、すみません……」

「いやあなたに謝られてもね」


 まったく気にしていない様子で笑い、やよいは続けて口を開く。そしてそのタイミングで、彼女の纏う雰囲気が変わった。


久世くせくんのことは、最近になってちょっと意識して見るようになったかな」

「!」


 わずかに、しかし確かに目を見開いた美紗に、茶髪ピアスのギャルはチラリと意味ありげな視線を向けてくる。


「……彼、の好きな人なんだよね。そうなると色々意識して見ちゃうでしょ? ほら、久世くんはどんな子がタイプなのかなー、とかってさ」

「……」

「実はのことを応援してるのは私だけじゃなくて、今じゃ結構な人がんだよね」

「…………」

「でも久世くんって結構モテるからとか多いみたいで、私たちも心配してるんだ。特になんか、クリスマスにかなり無茶なことやらかして――」

「もういいです、分かりました」


 わざとらしく言葉をつらねてくるギャルのことを、美紗はキッと睨み付けた。しかしやよいはその鋭い目付きにまるでひるんだ様子もなく、それどころか「どうかした?」などと白々しく聞いてくる。


「……そこまで言われれば分かります。つまりあなたも、小野さんと同類ってことですか」


 回りくどい言い方をしていたが、やよいの友人というのはつまり桐山きりやま桃華のことだろう。そして彼女の恋を応援し、クリスマスに無茶をした者など、美紗には彼一人しか思い当たらない。

 小野悠真ゆうま――他人ひと嫌いの姉を変えた男。


「アイツと同類呼ばわりされるのはなんか嫌なんだけど……でもまあ、そうだね。私も、桃華あの子の恋を応援してきたから」


 ゴウッ、と頭上を走り抜けるコースターの轟音が響く中、不敵な笑みを浮かべたギャルはくしゃり、と飲み終えた豆乳のパックを握り潰す。妙に迫力のある年上の少女の姿に美紗は思わず足を一歩後ろに引きそうになるが、負けてたまるかとぐっと堪えた。


「さっきはよく分かりませんでしたけど、要するにあなたは今日、桐山先輩と真太郎さんをどうこうさせるためにここに来たということですか? 小野さんに頼まれて……」

「ん? ああいや、それはまったく関係ないよ。そもそも小野は私が今日ここにいること自体知らないし」

「は……? じゃあどうして今、そんな話をしたんですか?」

「さあ、どうしてだろうね?」


 いかにも年上が言いそうな思わせ振りの口調にイラッとしつつ、美紗はその理由について思考する。

 やよいがほぼ初対面の美紗にわざわざあんなことを言って聞かせた理由はなんなのか。


「(普通に考えるなら私への牽制けんせい……幼馴染みの桐山先輩の恋路の邪魔をするな、って言いたいんだろうけど……)」


 だが美紗にそんな気はさらさらなかった。ずっと一途に想ってきた真太郎への恋心を、横から出てきた誰かのために捨てるなどあり得ない。それにそもそも――


「……わざわざそんなことを言うのなら知ってるんだと思いますけど、私も真太郎さんのことが好きです」

「うん、知ってる」


 美紗の告白に対してあっさりと頷いたやよいに「やっぱりか」とは言わず、代わりにやや語調を強めた声をつむぐ。


「そして私は、桐山きりやま先輩のことを恋敵ライバルだなんて思ってません。同じ土俵に立っているとさえ思われたくありません」

「ふうん、どうして?」


 挑発的な美紗の発言に、しかしやよいは怒りも驚きもせず、普通に続きを促してきた。美紗はややペースを乱されながらも、毅然きぜんとした態度で「当然です」と返す。


「あなたは知っているみたいですけど、桐山先輩は自分の恋のためになんの努力もしてないですよね。あの人が真太郎さんとこうして遊園地に来られているのは、すべて小野さんが――あの人が陰から支えてきたからこそじゃないですか」


 ――あの未来おねえちゃんが心配するほど真っ直ぐに。


「小野さんとうちのお姉ちゃんの〝契約〟のことを桐山先輩がなにも知らないのは知っています。けれどだったらなおのこと、桐山先輩は自分の力で真太郎さんに近づけるように努力をすべきでしょう。ただ眺めているだけでは、恋人になんてなれるわけがないんですから」

「……」

「少なくとも、私は自分の恋のために誰かの力を借りるつもりなんてありません。正面から真っ直ぐに好きだと伝えて、伝え続けて、最後に真太郎さんが振り向いてくれればそれでいい。そのための努力を惜しんできたつもりもありません」


 ――どうしてか、震えていた。

 堂々と、本心から思っていることを口にしているはずなのに、美紗の身体が、喉が、声が震えていた。


「私は、誰よりも真太郎さんのことを想ってきたし、誰よりも真太郎さんのことを好きな自信があります。だから……だから私はぽっと出の桐山先輩のことなんて恋敵ライバルだとも思わないし、だから私は――」


 ――、以前桃華に告げた時と同じように言おうとして……しかしその言葉は、目の前に立つギャルの声によって遮られた。


「誰よりものことを想って、誰よりものことが好きで――」


 やけに悲しげなその声が、妙に頭に響く。


「――それでものために〝失恋〟した男を一人だけ知ってるよ」

「……!」


『……具体的には覚えてねえよ。気付いたときには、もう好きだったからな』


 彼女の声に反響するかのごとく、いつか、どこかの喫茶店でそう言っていた彼の言葉が脳裏をよぎった。

 それを聞いてあの時私はどう思ったんだったか……と美紗は当時の記憶を想起し、ああ、そうだ、と空を見上げる。


 ――美紗わたしと同じだと、そう思ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る