第一六九編 オールド・ファッション

「面白かったねー! 次は何に乗ろっか!?」

「お、おい桃華ももか、そろそろ休憩にしないか……?」

「そ、そうだね、もう一時前だし……」


 開幕のジェットコースターに始まり、地獄のような絶叫アトラクションに三連続で乗らされて疲弊した俺と久世くせがそう提案すると、桃華は「そうだね! じゃあごはん食べれるところ探さないと!」とパンフレットを眺め始めた。それを見てホッと一息をつきつつ、俺は三人掛けベンチの隣に腰掛けるイケメン野郎にひそひそと話し掛ける。


「助かったな、ひとまずは……」

「うん……まあ、ご飯の後にもまだ地獄が待ってるんだけどね……」

「それを言わないでくれ、せめてこの時間くらいは心穏やかに過ごしたいんだ……」

「……ごめん……」


 ここはどうやら、絶叫系が決して得意とは言えない俺たちのような人種が来ていい場所ではなかったらしい。まだ昼過ぎだというのに、既に叫びすぎて喉が痛かった。久世の方も、普段は見られないほどぐったりとした様子である。


「(……普段は見られない、と言えば……)」


 俺は一つ隣のベンチに目を向ける。


「大丈夫か、七海ななみー? いつにも増して顔が怖いが」

「……いつにも増して、は余計よ……」


 一応ツッコミは入れてくるもののまるで覇気が感じられないお嬢様の姿に俺は思わず苦笑する。

 最初のジェットコースターではあんなことを言っていたが、どうやら彼女もまた絶叫系に耐性のない人種だったようだ。人生初のジェットコースターがアレだったせいかも知れないが。


「……そもそもあんなものに乗ったからなんだと言うのよ何時間も並んだ挙げ句身体中に空気抵抗を受けるばかりの機械に乗せられて馬鹿みたいだわこんな低俗なものを喜んで受け入れる人間が世の中にはごまんと居るのだと思うと嘆かわしいわねもっと理知的に楽しめる遊戯なんて他にあるでしょう先人がのこした技術の発展の無駄遣いだし大体もっと安心して搭乗できるような安全措置を講じるべきだわもしもあんな上空から人が落下したらただでは済まないのだから――」

「おーいうるさいぞー七海ー。怖かったのは分かるけど延々と隣で呪詛じゅそを垂れ流すのはやめろー」

「…………別に怖くなんてなかったわよ」

「いや無理だから。今のお前がいつものなんでもござれな完璧令嬢を演じるのは無理あるから」

「怖がっていたのは貴方の方でしょう。何度も情けない悲鳴を上げて、野卑滑稽やひこっけいだったわ」

「……あ?」

「……なによ?」

「ま、まあまあ二人とも、落ち着いて」


 直前に乗ったフリーフォールの恐怖から解放された反動でピリつく俺たちに、久世が疲れたような笑みを浮かべてそれを制する。


「ねえねえ悠真ゆうま! 悠真はなに食べたい!? ピザ!? 豚骨ラーメン!? それともカツカレー!?」

「どうしよう、選択肢がどれもゲロ重なんだが」


 今そんなもん食ったら嘔吐リバースする自信しかない。


「あっ、でも七海さんは甘いもの食べたいよね! じゃあこれなんかどうかな、スーパーデンジャラスパフェ!」

危険デンジャラスって食べ物に付いていい形容詞じゃないような……」

「あのな、桃華。普通に考えてこのグロッキー状態の七海がそんなもん食えるわけないだろ?」

「そうね、量があればいいというものではないもの。質を兼ねてこそだわ」

「あれ、おかしいな。その言い方だと質さえ兼ねてればスーパーデンジャラスなんちゃらも食べられるかのように聞こえる……」


 などと馬鹿みたいな会話を繰り広げた後、とりあえず一番近くにあったフードコートへ入る俺たち。中の満員御礼な様子を見て人混み嫌いのお嬢様が眉間に皺を寄せるが、幸い最低限の協調性は持ち合わせているのか、それとも単に彼女もお腹が空いているだけなのか、文句を言うことはなかった。


「私はカレーにしようかなぁ。こういうところで食べるカレーって個性があって美味しいよねぇ」

「そうかあ? 俺は当たり外れでかい気がするけどな。久世はなんにするんだ?」

「うーん……軽めにきつねうどんにしようかな……」

「おー、いいな。俺もうどんにするか。七海はどうする?」

「スーパーデンジャラ――」

「却下だ却下。もっと軽いものにしときなさい」

「……なんの権利があって貴方が私の食べるものに指図するのかしら?」

「アホか。隣であんな馬鹿デカいパフェ食われる俺たちの身にもなれ。大体あんなもん食ってみろ、周りの人みーんなお前のこと見るからな。注目されるからな」

「…………じゃあ普通サイズのパフェでいいわ」


 未知なる甘味よりも目立たないことを選んだ七海に、桃華がふふっと柔らかく花を咲かせる。


「悠真、なんか七海さんのお母さんみたいだねぇ」

「誰がお母さんだ。こんな目付きの悪い娘を産んだ覚えはありません」

「……こんな出来の悪い母をもった覚えはないわ」

「お前っ、仮にも母に向かって出来が悪いとはなんだ!?」

「仮にも母じゃないでしょう。そもそも貴方男じゃない」

「ハッ、男の子だってお母さんになれる時代なんですぅー。時代錯誤がしたけりゃ時代錯誤さんちの子になっちゃいなさいー」

「だ、誰なの悠真、その時代錯誤さんって?」

「久世だよ」

「僕!? ちょっと待って、いきなり僕に飛び火するじゃないか!」


 心外そうな顔をする久世に、ふと桃華が顎に手を当てて「うーん、でも」と唸った。


「確かに久世くんって微妙に古臭いところあるよね……あっ、も、もちろん良い意味でだよ!?」

「いや桐山きりやまさん、『古臭い』っていう言葉が良い意味で用いられることってないような気がするんだけど……」

「そ、そんなことないよっ。ねっ、悠真っ!?」

「えっ、お、おう? そうだぞ、えーっと……そんなことないよな、七海っ!?」

「丸投げしてるじゃないか! 具体例を挙げられないなら最初から同調しなきゃいいのに!」

「……〝古臭い〟は英語で〝オールド・ファッション〟――ドーナツの名称にも使われている言葉よ。そういう意味では一概に悪い意味しか持たないとも言えないわ」

「流石七海さん、博識!」

「ほら見ろ久世! お前は自分の古臭さにもっと自信を持っていいんだぞ!」

「冷静に考えてほしいんだけれど、ドーナツの名前に使われているからなんなんだい……?」


 ――くだらない、とるに足らない話だった。

 別に意味もなければ、きっと明日になれば忘れてしまうような実のない話。

 けれど、それでも俺の高校生活において今日ほど楽しい日はほとんど記憶になかった。

 だからこの時の俺は少しだけ、ほんの少しだけ浮かれていて――ゆえに気付くことが出来なかったのだろう。

 フードコートの陰に潜む、二つの人影に。

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