第一六六編 もう一人の友だち

「なあ久世くせ。今度の試験明けの休みって空いてるか?」

「え?」


 数日後の夜。営業が終了した〝甘色あまいろ〟のドアに〝CLOSED〟の看板を出している久世に、俺はそう問い掛けた。


「学年末試験の後かい? うん、特別な予定は入ってないけど……それがどうかしたの?」

「ああ。暇なら遊園地にでも行かねえかなと思ってさ」

「ゆ、遊園地……?」


 脈絡のない俺の誘いに、疑問符を浮かべつつ目をぱちくりさせるイケメン野郎。……普通男がしても気色悪いとしか思えないその仕草をこんなに自然にこなせるとは、顔が良いというのは本当に得だな……。

 そんな感想を抱きつつ、俺は頷いて続ける。


「CMでよくやってるだろ、絶叫系アトラクションがウリのレジャーランド。こないだテレビで見て行きてえなって思ったんだよ。だから一緒にどうだ?」

「う、うん、それはもちろん構わないけれど……その、二人で、かい……?」

「違えわ。なにモジモジしながら聞いてやがんだよ、乙女か」


 その仕草についてはイケメン・フツメン・ブサメンを問わず男が男に対してやってもキモイだけだぞ、久世真太郎しんたろう……。


「他には桃華ももかと、あと七海ななみを誘ってるところだ」

「! み、未来みくが来るのかいっ!?」

「うおっ!?」


 予想外の食い付きに、俺は彼から若干身を引きながら「お、おう」と答える。


「まあまだ返事は貰ってねえけどな。『考えておくわ』とだけ言われてる」

「……コホン。そ、そうなんだね」


 俺の返答を受けて我に返ったのか、咳払いとともに落ち着きを取り戻す久世。七海が参加するのがそんなに驚きだったのか……いや、驚くに決まってるか。あの他人ひと嫌いのお嬢様が「行かない」と即答しなかっただけでも奇跡に近いのだから。


「あと一応金山かねやまも誘ったんだけど、『絶叫系は無理だからパス』だとさ」

「へ、へえ。なんか……意外だね? 金山さんならそういうの好きそうなのに」

「だよな。どっちかというと『シートベルトなしで行こうぜ!』とか言いそうなのにな」

「いや僕はそこまで思ってないよ。というか普通に死ぬよね、それ。ちなみに桐山きりやまさんは来られるのかい?」

「ああ、桃華は二つ返事で『ぜ、絶対行くっ!』って言ってたぞ」

「そっちも少し意外だね、桐山さんこそ怖いの苦手そうなのに」

「……そうだな。案外ああいう奴ほどそういうの好きなのかもな」


 実際のところは、桃華が乗り気だった理由の大半は久世も誘うということを伝えたからなのだろうが……それは言わないでおこう。


「でもお店の方は大丈夫かな? また三人揃って休みを貰っちゃって……」

「ん? ああ、それなら大丈夫だ。平日一日だけなら俺らが休んでも余裕でシフト回せるって言ってたから。ねえ店長?」

「勿論。ただしちゃんとお土産買ってくるんだぞぅ~?」


 レジ回りの清掃をしながら無駄にイイ笑顔でサムズアップを決めてくる店長に、俺は「はいはい」と苦笑しつつ顔を向ける。


「分かりました。安物の缶バッジかダサいタペストリー、どっちがいいですか?」

「いや選択肢。なんでよりによってそんな二択なんだよ。どっちも要らないんだけど」

「す、すみません一色いっしき店長。こないだも三人で休みを貰ったのに……」

「いいっていいって。久世ちゃんと桃っちは普段からよく働いてくれてるからね」

「……なんで俺だけ除外したんすか?」

「今まさに掃除の手が止まってるからですぅ~!」


 途端に小学生のごとくモップのでチャンバラを始める俺と店長。そんな俺たちを止めることをもはや諦めたらしいイケメン野郎は一人真面目にテーブル拭きを続行する。……それを見ていると遊んでいる自分たちがものすごく悪者に思えてくるので、俺と店長も黙って清掃へと戻るのだが。着々と〝甘色〟における久世の立ち位置が確立してきた気がする。


 そして店内を粗方片付け終えたら、店長が淹れてくれるいつものコーヒーを飲みつつ簡単な終礼をして、今日は上がりとなった。ロッカーで着替え、事務所のパソコンとにらめっこしている店長に挨拶してから外へ出る。


「……でもよく考えたら初めてだね。小野おのくんが僕を遊びに誘ってくれるなんて」


 嬉しそうな、そして感慨深そうな声で言ってきた久世に、俺はなんとなく顔を逸らしながら「別に」とぶっきらぼうに返す。


「……前に約束したからな。それにこないだはお前らにも迷惑かけちまったし、その詫びも含めてっつーか……」

「えっ? 今なんて?」

「う、うっせーな! アレだよ、絶叫系に乗って泣き喚くお前の顔が見たいんだよ!」

「ええ? 随分趣味の悪い理由だなあ」


 俺の悪態に対して爽やかに笑うイケメン野郎。そんな久世を見て、俺もまた自然と笑みを浮かべていた。


 ……俺はコイツに言っていないことがたくさんある。おそらく出会ってからの数ヶ月、俺が彼に本当の意味で心の内を明かしたことは一度もないだろう。

 出会ったばかりの頃は〝恋敵〟として、それ以降は〝想い人の想い人〟として、俺は常に何かしらの秘密を抱えてきた。

 それは今だってそうだ。俺が彼を遊園地に誘った本当の動機は別にあるのだから。

 だがそれでも――


「――楽しみだね、小野くん」

「……ああ」


 ――この言葉だって、嘘じゃない。

 隣を歩くイケメン野郎は俺の〝恋敵〟であり、〝想い人の想い人〟であり、そして――俺の〝友だち〟の一人でもあるのだから。


「(……最初はあんなに気に食わなかったのにな……)」


 ことあるごとに噛み付いていた頃のことを懐かしんでいると、久世が「あ、でも」と声を発した。


「その前に学年末試験を乗り越えないとね。もう再来週に迫っているけれど、小野くんはちゃんと勉強しているかい?」

「……フッ……」


 俺はニヒルに笑い、そして横にいる学年二位の成績を誇る優等生に向かって威風堂々と――頭を下げた。


「あの……よろしければ勉強、教えてもらえませんか」

「……遊園地の件、僕ももう一考させて貰えるかな。小野くんがちゃんと試験を乗り越えられたらってことで」

「おいやめろ、七海とおんなじこと言うんじゃねえ!?」


 ……図らずも自分の成績向上が急務となってしまった俺が、この日から二週間にも渡って必死に勉強したことなど語るまでもない。

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