第一六三編 強者の余裕?

「おい小野おの、小野!」

「な、なんだよ」


 金山かねやまが無意味な小声とチョイチョイッとした仕草で呼んでくるので、俺は嫌々ながらも彼女に耳を貸した。


七海未来ななみみくってこんなキャラなの? なんか想像おもってたのと違うんだけど」

「いや、そんなの俺に聞かれても知らんし……まあ、言われてみれば前々から予兆はあった気もするけど……」


 まだ七海美紗みさの顔も知らない頃は、彼女について言及する度に七海から「通報するわよ」などと言われていたのを思い出す。この他人ひと嫌いのお嬢様も、妹のことは等身大に可愛がっているようだったし。

 とはいえ、久世と七海妹はそれなりにお似合いだと思うんだけどなあ、肝心なところで残念ザンネンな所とかそっくりだし……。


「(……って、いかんいかん。七海妹は桃華ももかにとっちゃライバルみたいなもんだろ。俺が〝お似合い〟とか思うのは筋違いだっつの)」


 俺はあの子の恋を応援してやることはできない。むしろ阻害する立ち位置の人間だ。そんな俺には、たとえ心の中だからといって身勝手な考えをすることは許されない。許されるべきではない。


『――久世くせのことは、好きか?』

『――大好きですよ。肉親を除けば、この世界の誰よりも』


「……身勝手……だよな。本当に……」

「? 小野?」

「……いや、なんでもない。で、金山おまえが聞きたいのはそれで終わりか? だったらそろそろ成仏しろよ」

「……私は幽霊か。それにまだ話は終わってねえよ」


 いつもなら即座にツッコんでくるところを、今回ばかりはやや間を置いてから返してきた金山は、しかし幸いにもそれ以上踏み込んでくることなく話題を転換させた。


「単刀直入に聞くけど、七海さんの妹ってどうなの? 桃華より可愛い?」

「いや、顔以外は桃華の方が可愛――」

「顔以外も含めて美紗の方が可愛いわ」

「……あ?」

「……なによ」

「よし分かった。片想い野郎と姉バカに聞いたのが間違いだったってことが」


 視線でバチバチとやり合う元〝契約〟者二名に対して呆れたように息をつく悪魔ギャル。


「聞き方を変えるよ。ぶっちゃけ桃華は?」

「……」


 今度の問いには、俺は即答しかねる。というのも、俺は七海妹が久世を好いていることは知っていても、久世くせが七海妹をどう思っているかまでは知らないからだ。なんとなく、妹のように扱っている印象もあったが……あの八方美人イケメン野郎は割と誰に対してもああいう態度とりやがるからな……。


「……分からん。お前はどう思う、姉バカ?」

「……さっきから使われているその呼称に異議を申し立てたいのだけれど」


 七海は不服そうな瞳で俺をジトッと睨んでから、いつもの無表情に戻って続ける。


「実は、あの子は口を開けば久世くんの話しかしないのだけれど」

「『実は』じゃねえだろ。見たまんまじゃねえか」

「うるさいわよ。……でも今のところ、久世くんとの関係が進展したという話は聞いていないわね、たぶん」

「たぶん……ってのは?」

「半分以上流し聞いてるから、その半分に含まれる情報については分からないということよ」

「いやちゃんと聞いてやれよ。姉バカのくせになんでそこの扱いだけぞんざいなんだよ」

「だって久世くんの話なんて毛ほども興味がないもの。貴方との〝契約〟に関連することを聞き出すのだって、欠伸あくびを噛み殺すのに苦労したわ」

「久世が聞いたら泣くぞ、どうでもいいが」

「アンタらの久世くんの扱いって……」


 世界一あのイケメン野郎の扱いが雑な俺たちに、さしもの金山もドン引きである。俺と久世は一応友だちだが、それと同じくらいイラッとさせられる場面も多いのでおあいこだろう。俺だって今朝、学校に着くなりクラス内外の女子に囲まれたアイツの隣を、奥歯を噛み締めながら登校したのだから。


「……でも、なんで七海さんの妹さんはこないだもアンタらに協力してくれたんだろうな?」

「? どういう意味だ?」

「いや、だって妹さんはもうアンタらが桃華の――つまり久世くんを取り合うライバルの応援をしてるって知ってるわけでしょ? でも今の話だとバレンタインの夜も今まで通り七海さんに情報提供してくれたってことじゃない。それってつまり、敵に塩を送るようなものでしょ?」

「あ……言われてみりゃ、確かにそうだな」


 七海からもたらされる情報源が七海妹だと知ったのはついさっきだったので気にも止めなかったが……確かに時系列を考えれば、バレンタインの夜なら間違いなく七海妹は〝契約〟関連のすべてを知った後である。

 まあ内容的には「久世に嫌いな果物はあるか」というバレンタインとは無関係に思えるものだったが……それでもわざわざ敵が欲しがっている情報を教えるメリットなんてないはずだ。

 ……考えられる可能性と言えば……。


「……七海。さてはお前、妹を脅したな?」

「なんでそうなるのよ」


 真顔で問い掛けた俺に、七海もまた真顔で応じる。


「そうとしか考えられない……お前、いくら俺が頼んだこととはいえ、脅迫まがいのことまでするのは人としてどうかと……」

「そんなことしてないわよ。勝手な想像で私を悪者にしないでもらえるかしら」

「……仕方ない。俺も共犯みたいなものだからな。学校が終わったら一緒に美紗ちゃんに謝りにいこう。な?」

「聞き分けのない子どもをたしなめるかのような優しげな口調で言わないで。私がそんな野蛮な真似をすると思うの?」

「割と本気で思う」

「……絶交したい……」


 聡明なお嬢様らしくもない短絡的あたまのわるそうな一言をため息と共に吐き出してから、彼女は面倒くさそうに言った。


「美紗は嫌なら嫌とハッキリ言う子よ。たとえ私が強要したとしても、それは変わらないわ」

「まるで実体験に基づくかのような物言いだな――痛いッ!?」


 ぼそっと呟いた俺の左すねに上履きの爪先をぶつけて、七海は続ける。


「もしかしたら美紗は、桐山きりやまさんのことを敵と思っていないのかもしれないわね」

「は、はあ? 桃華なんかじゃ敵にもならないって言いたいわけ? それはいくらなんでも傲慢ごうまんすぎない?」

「え、それお前が言う? 自分こそ傲慢の化身けしんみたいな存在のくせして――痛いッ!?」


 ぼやくように言った俺の右脛に上履きの爪先をぶつけて、金山は「でも……」と考え込むような姿勢をとった。


桃華あの子、結局バレンタインチョコ渡してもなーんも進展してないわけだしなあ……昔からの仲っていう絶対的なアドバンテージを踏まえて考えるなら、そう思われても仕方ないのかな……」

「あくまでも『もしかしたら』の話でしかないわ。……もっとも、美紗にそういう面があることは否めないけれど」

「うーん、もう少し桃華が積極的になれるような場面シチュエーションでもあればいいんだけどね……。ちょっと小野、そんなとこでうずくまってないでアンタもなんか考えなよ」

「人の足を均等に痛めつけといてその言い草……?」


「自業自得でしょう」と冷めた目で見下ろしてくる七海を無視し、ジンジンと痛む両足をさすりながら考えるが……当然ながらそんな状態で良い案なんか浮かぶはずもなかった。

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