第一六二編 ※ただし姉の主観による

「とりあえずこれは聞いときたいんだけど、アンタらってどうなったわけ?」

「……『どう』ってなにがだよ」


 晴天の下、本来立ち入り禁止の屋上で堂々とパンをかじりながらそう聞いてきた悪魔ギャルに、俺はぼそりと返した。

 屋上にベンチは二つ――置き場所に困ってここに放置されている感丸出し――しかなく、その二つを七海ななみ金山かねやまが一つずつ占拠していやがるせいで俺は立ち食いだ。そこら辺に座ればいいと思われそうだが、鳥のフンやらなにやらで汚い床に尻をつけるのはごめんである。実際バレンタインの日に貯水タンクの裏に座り込んだ後、汚れた制服を綺麗にするのは大変だったのだから。

 ベンチは詰めれば三人くらいは座れそうだが……見るからにパーソナルスペースが広そうな七海が誰かとベンチを分け合うはずもなく、かといって金山に「詰めろ」とか言った日には俺の身の安全は確約できない。


「決まってるでしょ。桃華あの子に関して、だよ」


 だろうな、と思いつつ、俺はなんと返したものかと悩む。

 要するに金山が気にしているのは「お前らこないだまで揉めてたけど、桃華ももか久世くせの恋を応援する〝契約〟とやらはどうなったんだ」ということだろう。以前から親友の恋路を心配していた彼女には聞かれても仕方のないことだ。

 しかし現状の俺と七海の関係は曖昧で、言語化するのは難しい。一応協力を得ることは出来るが、そこには彼女基準の制約が課せられているのである。そういう意味では、無条件に助力を仰げたこれまでとは大きく異なっているのは間違いない。

 とはいえ結局誤魔化すすべを持たない俺は、いつも通り他人には無関心な様子で本を開いている七海を一瞥しつつ答える。


「……まあ、条件付きでそこのお嬢様も手を貸してくれるらしい」

「ふうん……? 条件付きで、か……」


 何を読み取ったのか、顎に手を当ててふんふんと頷く金山。


「ちなみに、こないだのは七海さんの協力を受けたんでしょ?」

「こないだの? ……ああ、果物がどうのこうのってやつか。そうだよ、それも七海コイツに聞いた」

「前から思ってたんだけど、七海さんってなんでそんなに久世くせくんのことに詳しいわけ? 二人ってあんま仲良くないんでしょ?」


 常人が聞きづらいことを直球で聞いた悪魔ギャルに戦慄しつつ、しかし俺は同時に「確かに」と考える。

〝契約〟当初、七海は久世の好みのタイプなどを把握している第三者から聞き出している、と言っていたが……。


「……簡単よ。私の身近には、誰よりも彼のことに詳しい子がいるから」

「お前の身近に……? ……ああっ!? も、もしかして美紗みさちゃんか!?」


 思わず本人の前では使えない呼称を用いて声を上げた俺に、七海が興味もなさげに「ええ」と返事をする。

 た、確かにあの子なら久世のことを知り尽くしていてもおかしくない。なにせ彼女はずっと前からあのイケメン野郎に惚れていたわけだし。俺が知りたがる程度の情報など、あの聡明な妹が把握していないはずもなかった。

 数ヶ月来の疑問が解消されて謎の感動を覚える俺の前で、しかし金山は首を傾げる。


「えっ? でも七海さんの妹さんって……久世のこと好きなんじゃないの?」

「!? な、なんでお前がそれを知ってる!?」

「あー……バレンタインの何日か前の夜にアンタ、あの子を連れてうちの喫茶店に来たでしょ。実はその時にアンタら二人が喧嘩してる理由とか盗み聞いてたんだけど……」

「悪趣味なことしてんな、テメェ……?」

「ドン引きすんな。まあとにかくその時に副産物的に知ったんだよね。桃華に恋のライバル的存在がいるのはその前から知ってたんだけど」

「こ、恋のライバル……?」

「だからドン引きすんな。私だってこんなメルヘンワード言いたくないわ」


 なるほど、と微妙に理解しきれていなかった部分が補完され、素直に納得する俺。

 ちなみに七海は一切反応を示していないが……まさか知っていたのだろうか? よくよく考えれば普段の七海なら、俺が夜に七海妹を連れて喫茶店に行った、などと知れば「通報するわよ」の一言くらい言ってきそうなものだが。もしかしたら既に七海妹の口から聞いていたのかもしれない。


「で、そこんとこどうなの? というか七海さんはうちの桃華と妹さんが両方久世を好きだって知ってるのに、それでも小野コレに力貸してるわけ?」

「指示代名詞が雑すぎる……」


 そんなツッコミを入れつつ、これまた俺が以前気にしていたことをストレートに聞いた金山と共に七海の方を見やる。

 昼食のドーナツをもぐもぐと咀嚼しているお嬢様は、明らかに似合っていない紙パックのミルクティーを含んでから静かに呟いた。


「……深い意味はないわ。小野おのくんに力を貸してきたのは私自身の利益メリットのためだし……それに私は、元々妹の恋を応援するつもりはなかったから」

「えっ……な、なんでだよ?」


 その方が俺にとっては都合が良いのは事実だが、なんだかんだで妹を可愛がっているこの姉がそんなことを言うとは少々意外だ。

 しかし彼女は本に目を向けたまま、きわめて平淡な調子で答える。


「――、妹と久世くんが釣り合っているように思うかしら?」

「……!」


 そう言われて初めて、俺はハッとする。

 そうだ……あまりにも身近に居るから忘れていた――いや、忘れていないまでも感覚が薄れていた。

 七海妹と今目の前にいる彼女は、普通は俺たちのような庶民では口を利くことすら許されないような、超が三つも四つもつくほどのお嬢様なのだ。そしてそれは、学年一のイケメン野郎たる久世真太郎しんたろうから見ても例外ではない。

 つまり七海は、妹と久世が交際に漕ぎ着けたところでそれ以上の関係――結婚など――にはなり得ないのだから、それなら最初から妹の恋を応援しない方が良いと、そう考えて――


「……それってつまり、家柄が違うから駄目とかって話?」

「? いいえ、そうではなくて」

「え?」

「(え?)」


 あっさりと否定した七海に、割と真剣に「まあ、格差があるのは事実だしな……」とか思っていた俺は、金山と揃ってカクン、と首を折る。

 そんな俺たちに麗しのお嬢様はきょとんとした様子で、さも当然のことを口にするかのように仰った。


「だって――私の可愛い妹と久世くんでは、常識的に考えて釣り合わないでしょう?」

「……」

「……」

「…………え?」


 同意することなく黙り込んだ俺と金山に、珍しく七海が狼狽うろたえたように俺の顔を見てくる。

 おそらく金山については七海妹について深く知らないので反応リアクションをとるにとれなかっただけなのだろうが……少なくとも俺の目から見れば、七海妹と桃華の間に歴然というほどの差はないように思える。

 確かに顔だけなら七海妹のほうが相当に整っているが、七海妹アイツ性格キャラがなあ……。


「……つまり七海、お前はアレだったんだな」

「な、なに……?」


 屋上に漂う微妙な空気の中、俺は真顔で七海を見据えて告げた。


「親バカならぬ――〝姉バカ〟」

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