第一六一編 常識外れ×2
★
「……あら」
「……おう」
週明け、月曜日の昼休み。
一年生
しばらく無言で屋上へと続く階段を上り、三階と四階の間の踊り場辺りまで来たところで、彼女が静かに口を開く。
「……別に構わないのよ。貴方との〝契約〟はもう終わったのだから」
すれ違う生徒が七海を見るなり思わず振り返る中でそう言われ、俺は一瞬どう返したものかと悩む。
相変わらず感情の読めない声だ。〝契約〟を自分から終わらせた身としての言葉なのか、それとも単純に俺がウザいだけなのかも分からない。……後者ではないと信じたいが、相手はあの七海
内心でそんな不安を抱きつつ、俺はいたって平静を装いながら「はんっ」と鼻で笑ってみせる。
「別にお前のためじゃねえよ。俺は
「……屋上は基本的に立ち入り禁止だったはずだけれど?」
「う、うるさいな。それをお前が言うかよ不良お嬢様。……たとえ教師に見咎められようともッ……! 俺は
「お昼ご飯を特定の場所で食べることにそこまで情熱的になれる人間がいるとは思わなかったわ」
「だから一人で飯を食いたいっていうなら
「……そう。じゃあ私も屋上で食べるわ。貴方が生首一つでどうやって食事を
「えっ……あ、あの、嘘ですよね、お嬢様……? い、今のは冗談っていうか言葉の綾っていうか……さ、流石に
「……」
「オイ黙るなよ!? だ、大丈夫だよな!? 屋上に行ったら既に本郷さんがでっかいカタナを素振りしてたりしないよな!? なあ!?」
不穏な無言を纏ったまま、俺たちは錆び付いた屋上
お嬢様がチラリとこちらに視線をお向けあそばされたので「ヘイただいまっ!」と言わんばかりの勢いで扉を開いて差し上げる。
そして、まさか本当にあの敏腕ボディーガードが笑顔で
「おう、遅かったな」
「……」
――ガチャン、と俺は鉄扉を閉じた。隣にいるお嬢様から「何をしているのよこの男は」みたいな視線を感じるが、とりあえず今は華麗に
……え? なんか今誰かに声を掛けられた気がするんだけど。というか神聖な存在として有名なこの俺が苦手とする、悪魔的な女が
「(い、いやいや、まさかまさか。白昼堂々、こんな平和な学園に
「オイなんで閉めんだよ」
「ギャアアアアアッ!?」
なんとか自分を落ち着かせようとしていたところに外から開かれた扉の向こうから現れた
前にいるお嬢様からやはり「何をしているのよこの男は」みたいな視線を感じるが、とりあえず今は華麗に
そしてそのまま、目の前に現れた悪魔ギャル――
「馬鹿なッ!? 太陽の光は
「『はずではッ!?』じゃねえよ。私が太陽光で消滅しないことがそんなに不服か」
「くっ……!? ま、まさか自然界の
「一般的な女子高生が
「
「心外なのだけれど」
ジトッとした目を向けてくる女子二名を相手に、俺は埃っぽい屋上前の踊り場で窮状に陥っていた。
いや、馬鹿げた冗談はさておき、なんで
「……あの、屋上は基本立ち入り禁止だって校則で決まってるはずなんですけど」
「おい、自然界の
「残念でしたー、俺たちはまだ屋上に立ち入ってませーん。あーあー金山さん、いーけないんだーいけないんだー、せーんせーに言ってや――」
「一秒以内に黙らなかったらアンタの心に
「…………」
「……そこは素直なのね」
背中で口を閉ざした俺に、首だけこちらに向けたら七海が呆れたように呟く。
そしてそんな俺たちを見て、金山が少しだけ安心したような目をした――ような気がしなくもない。
そういえば例の一件以来、俺は金山と直接顔を合わせていなかった。もしかしたら
「まあとりあえず表出ろよ、
――やっぱりそんなことはなかったらしい。これはアレだ、世間一般で〝恐喝〟とか言われる類いの奴に違いない。
「い、嫌だッ!? 僕お金なんて持ってません!?」
「いや誰も金出せなんて言ってないだろ。アンタのその私に対する飽くなき警戒心はどこから湧いてくるんだよ」
「幼少の頃に刻みつけられた記憶からだよ!」
「おいやめろ、私がかつてアンタに酷いことしたみたいな言い方すんな。なんならそんなに喋ったこともなかっただろうが」
「そうだ、あの頃からお前はただそこにいるだけで俺の心に傷を負わせたんだ!?」
なお、一応金山がいつも桃華の側にいたせいで幼少の俺は彼女に声を掛けづらかったという背景があるのでまったくの嘘でもない。
「七海、お前からもなんか言ってやってくれ!」
「……『ちょっとタロウ。誰よ、その女』」
「意味もなく状況がややこしくなるようなこと言わないでくれます!? つーかテメェなんでこのタイミングで本読んでやがんだ! 今の絶対そこから引用したセリフだろ! そっちこそ誰だよタロウ!?」
「あ、その本知ってる。たしか……高校生の男が二人の女に追い詰められて、最終的に屋上で惨殺されるやつだ」
「ピンポイントで不安になる内容すぎる!? 昼間っからなんちゅう本読んでんだ! めっ! 教育に悪い!」
俺がお嬢様の手から単行本を取り上げると、七海は小さく息をつき、そして俺と金山の二人に背中を向けた。
「……なにか話があるようだし、私は別のところで食べるわ。じゃあね、小野くん」
「えっ……お、おいっ?」
やはり未だに人が多い所――といってもたった二人だが――が嫌いらしい彼女が立ち去ろうとしたところに、しかしその背中を「待ちなよ」という一言が繋ぎ止める。
「丁度良かった、
「…………」
振り返ったお嬢様と悪魔ギャルの視線がぶつかる。
じゃ、じゃあ俺はここで失礼しますねー……などとはとても言えない空気だった。
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