第一六〇編 予感的中
★
――〝
簡単に言えば相反する選択肢に挟まれた際の心境のことだ。安い
有名な〝トロッコ問題〟なんかもそうだろう。複数の人間が乗っているトロッコの直進上には巨大な岩、その手前にある
もっとも、この問題も私にとっては難しくない。即座に〝レバーを動かさない〟という結論を出すからだ。
見知らぬ乗客が何十人死のうが知ったことではない。たとえゼロが三つ増えたとしても、私は自分の大切な人を選ぶだろう。
人の命は平等だとか言われる世の中だが、それはあくまで完全に客観的な位置に立てる人間から見た場合に限る。
たとえば分岐先に倒れているのが自分の大切な人ではなく、乗客と同じく見知らぬ誰かにだったとすれば、私はより多くの人が救われるようにとレバーを動かすだろう。逆にトロッコの乗客が全員、凶悪犯罪で現行犯逮捕された犯罪者だったならば、誰もがレバーを動かさないのではないだろうか。
この〝トロッコ問題〟が本当に難問となるのは、二つの分岐先両方に同じくらい大切な人――たとえば父母など――が倒れている時だと思う。もしそんな状況に立たされたら、おそらく私は選びきれないだろう。
要するに何が言いたいのかと言うと――今の私はそういう状況にある、ということである。
「……ったく、バレンタインチョコを渡したくらいなんだから、いっそ告白くらいしておけばいいのに……」
「そ、そんな簡単に言わないでよ、やよいちゃん~……」
日曜日。珍しく休日にバイトがなかった私と
色々あってバレンタインデー当日にチョコを渡せなかった彼女が自ら奮起したところまでは良かった。そこまでは良かったのだが……。
「……あの鈍感男、たぶんアレ、友チョコかなんかだと思ってるよ。だって全然本命チョコだって思ってなさそうだったし」
「うっ……や、やっぱりそうなのかなぁ……」
「渡すタイミングと言い方も良くなかったな。喫茶店に着いてすぐ、雰囲気もクソもない状況ですぐ渡したし、しかも
「うう……す、すみません……」
しょんぼりと俯く桃華に「まあ未だに
ミニテーブルの上に広げたスナック菓子を一かけら口に放り込んでやると、彼女はそれをもぐもぐと
「……あっちはどうしたんだろうな」
「? あっち、って?」
「決まってるだろ、アンタの
「んぐっ!?」
丁度飲み込もうとしたところに弱点ワードを叩き込まれた桃華は、しばらくげほげほと
「み、
「いや関係あるだろ。あっちは当日に
「と、というかホントになんでやよいちゃんが美紗ちゃんのこと把握してるわけ!? どこで聞きつけたのさ!?」
「フン、私の情報網を舐めるなよ小娘が」
「小娘!」
などと謎に強キャラ感を出しはしたものの、これは数日前に小野と七海未来の妹が話しているのを盗み聞きした際、副産物的に得ただけの情報である。
当時は状況的に「あれが桃華のライバルか」と思うばかりだったが……考えてみればなかなか厄介な相手だ。
七海未来との久世が幼馴染みということは当然妹の方も久世との付き合いは長いわけで、久世に関する理解はあちらの方が深い。
加えてあの容姿。流石に姉ほどではない――あれほどの美貌持ちがそうそう居てたまるかという話だが――とはいえ、クラス内では男子人気の高い桃華と比べてもかなり整った
しかもどうやら姉と違って社交性もあるようだし、おそらく久世にバレンタインチョコを渡していたとなると積極性も兼ね備えていると思われる。
ハッキリ言って、恋愛において一番敵に回したくないタイプの人種だろう。桃華が折れかけていた気持ちも分からなくはない。
「(しっかし……そんなのに好かれても
私は桃華が正にそれだと思って生きてきたが……七海未来の妹でも駄目というなら、一体どんな女なら満足するんだあのイケメンくんは。
性格面で桃華に勝る女なんてそうはいないだろう。顔だけなら七海未来が居るが、彼女はどう考えても恋人には向かない性格だし……。
「(……やっと小野と七海未来の問題を解決してすぐにこんなこと言うのもなんだけど……久世をオトすなんて出来るのか、ほんとに……?)」
このままじゃ桃華の高校生活は久世に片想いしているだけで終わってしまいそうだ。それならやはり、誰よりもこの子を想っている小野を応援してやった方が……と考えかけて、私はブンブンと首を振る。その最低な考えは以前、小野本人に否定されただろうが。
小野が言っていた通り、桃華が好きなのは久世なのだ。あの子のことが大切なら、外野の私がどう思うかではなくあの子がどう思っているかを第一に考えなければならない。
それを理解しているからこそ、小野は七海未来と〝契約〟を――いや、〝契約〟はもう終わったんだったか?
あの二人がどうにか和解できたとは聞いたが、彼らが今どういう関係にあるのかまでは把握できていない。
裏事情を知らない桃華や久世は「仲直りできたんだ、良かった~」で済ませていたが……。
「(……一度、
いずれにせよ昨日の結果報告もしてやらなければとは思っていたのだ。
七海未来の妹のことも含めて、ついでに色々聞き出してやろう。もし彼が言い渋ったとしても、先日あれだけ協力してやったのだから嫌だとは言わせない。きちんと〝実利〟で返してもらおう。
私が腹の中で黒い考えを巡らせていると、桃華が微妙に引いたような顔をして呟いた。
「……や、やよいちゃん、なんか悪魔みたいな
……最近、〝悪魔〟と言われることが増えてきたような気がする。
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