第一五〇編 The day after Valentine⑯
★
「
対する少女――七海
「……それは、どういう意味かしら?」
「ど、どういうって……だ、だから、その……七海さんって、悠真と仲が良かったじゃないですか。それなのに最近悠真と話してないみたいだったから……」
「……」
未来は桃華から目を逸らし、屋上の貯水タンク越しに置かれているであろうベンチを見やる。そこはこの数ヶ月間、彼と昼休みを過ごした場所だった。
「……別に、私と彼は仲が良かったわけじゃないわ」
「え……?」
疑問符を浮かべる桃華に、未来は遠い昔のことを思い出すかのように続ける。
「私たちはただ、互いの
未来と悠真は〝契約〟関係にあり、お互いの別々の目的を果たすために協力していただけ。
――そう、あくまでも互いの利のためだ。
彼は想い人の恋を成就させるため。自分は日々の平穏を手にするため。
それだけだった――最初は、それだけだったのだ。
だからこそ彼女は彼と〝契約〟し、そして先日、その〝契約〟を破棄したのだから。
「お互いのメリット……って……?」
「そんなことはどうでもいいでしょう。私にとって彼はその程度の存在というだけのことよ」
「その程度って……!」
桃華の瞳に怒気が宿る。幼馴染みであり、そして仲間でもある悠真のことを悪く言われて黙っていられるような人間ではないのだろう。それは対人関係に疎い未来にも分かる。
しかしそんなことで
「……これは私と彼の問題でしょう。外野の貴女たちにとやかく言われる筋合いはないわ」
「……!」
「余計なお世話を焼かないで貰えるかしら。迷惑よ」
未来はそう言い切ると、くるりと桃華に背中を向けた。話はもう終わりだと言外に告げるように。
桃華と
だがそれだけだ。話をしたところで未来の意思は揺るがない。
――彼女は、これ以上彼の邪魔をするつもりはない。
「……なんで、そんな風に言えるの……?」
背中でぽつりと、桃華が呟く。
ちらりと肩越しに振り返ると、彼女は悲痛に歪んだ表情で未来のことを見つめていた。
「……悠真は……悠真は七海さんと一緒にいる時が一番楽しそうだった。口は悪いけど、七海さんのことをすごく信頼してて……」
「……」
「悠真ってああいう性格だから、昔からあんまり特定の誰かと仲良くしようとしなかったんだ。そのせいで中学くらいから幼馴染みの私たちとも話さなくなっていって……私はそれが少しだけ、寂しかった」
桃華は泣きそうな顔にわずかな笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「だから嬉しかったんだ。高校に入ってから、また悠真と話すようになって……久世くんや七海さんが、悠真と仲良くなってくれて――」
「……」
「――悠真が友だちと楽しそうにしてるのが、私はすごく嬉しかった」
桃華の言葉に、未来はなにも返さない。ただ黙って背中を向けたまま、彼女の話を聞いていた。
「分かってあげてよ、七海さん! 悠真は七海さんのこと、大切に想ってるんだよ!」
懇願するような桃華の声に、未来はもう一度彼女に向き直る。
そして――言った。
「――分かっていないのは、どちらよ」
「……えっ?」
未来の目を見た桃華が硬直する。
その黒い瞳の奥には、明確な怒りの感情が浮かんでいた。
それは桃華が――いや、この学園のほぼ全ての生徒が目にしたことがないであろう、七海未来の感情の発露だ。
「……彼が私と一緒にいて楽しそうにしていた……? それが嬉しかった……? そんなはずがないでしょう」
「ど、どうして――」
「彼が」
困惑と驚きの表情を浮かべる桃華の言葉を遮断し、未来は続ける。
「彼が、好き好んで私と一緒にいたわけがない。何度も言っているでしょう。私たちはただ、互いの
「だ、だからそれは七海さんの考えで――」
「違うわ」
断言する。
「彼は私なんかよりもよっぽど、私から離れたかったはずなのよ。……私と関わったせいで、彼は余計な苦しみを味わうことになったのだから」
――それはこの数週間、何度も――何度も考えたことだ。
「私が側に居なければ――力を貸したりしなければ、彼はもしかしたら今のようにはなっていなかったかもしれない。あんな馬鹿な真似もせずに済んだかもしれない……〝契約〟が聞いて呆れるわ」
「な、なにを……」
桃華は未来がなにを言っているのか分からないのだろう。
それでも、未来は言わずにはいられなかった。
それはずっと、心のどこかで考えていたこと。
考えていながら、見て見ぬふりをしてきたこと。
そして――
「他でもない私が――彼を
――もう、見て見ぬふりなど出来なくなったことだった。
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