第一四八編 The day after Valentine⑭
★
どうやら
なんでもその友人はお姉ちゃんと小野さんが喧嘩――という表現は本当は正しくないんだけど――していることを小野さん本人の口から聞き出したそうだ。
そしてそれを昨日知ったという真太郎さんと桐山先輩は今日、つまりバレンタインデーにお姉ちゃんを〝嘘の手紙〟とやらで呼び出し、二人でお姉ちゃん本人から話を聞き出すことにした――
「(――いや、なんでよ!?)」
数分前に恥ずかしすぎる勘違いを真太郎さんに披露してしまった私は、心の中で全力でツッコんでいた。
いや、事実はともかくお姉ちゃんと小野さんが喧嘩してるっていうことになってるんだから、わざわざ二人が話を聞き出す必要なんてないじゃん! その工程要らないじゃん! 直接お姉ちゃんと小野さんに話をさせればいいじゃん!
私はてっきり、お姉ちゃんと小野さんの関係が悪化していることに心を痛めた真太郎さんが二人を引き合わせて、仲直りをさせようとしているのだと思っていた。
だからこそ私はお姉ちゃんに「真太郎さんを呼んでほしい」と頼み、ややこしい事情を抱えているお姉ちゃんと小野さんが本音で話しやすいよう、二人きりにさせようとしたのに。
なのにこれじゃあ二人きりになってるのお姉ちゃんと桐山先輩じゃん! なにその誰も得しない状況!? 私の気遣いが無意味すぎる!
というか私、
だ、だっていくら対人コミュニケーション能力が壊滅してるお姉ちゃんでも、流石に今小野さんと直接対峙するのは緊張して怖いだろうなって思ったから……! あああああ恥ずかしい……! し、死にたい……!
「み、
「……大丈夫です……そういえば真太郎さん、人一人くらい吊るせそうなロープとか持ってたりしませんか?」
「いや持ってないよ!? そんなロープ日常的に持ち歩いてるわけないよね!? というか仮に持ってたらどうするつもりだったんだい!?」
「どうって……ちょっと首でも吊りに」
「そんな釣りを
「やめてください真太郎さん、そういう優しさは時に人をより傷付けるんです……」
真太郎さんの優しい気遣いの言葉に、私は余計に落ち込む。
ついテンションが上がって「それが青春なんです!」とか口走ってしまった数分前の自分が恨めしい。だがさっきまで私はお姉ちゃんと小野さんがとうとう、と思っていたから……ん?
「(そういえば真太郎さんと桐山先輩の〝友人〟って、誰のことなんだろ……)」
その人がお姉ちゃんと小野さんのことを真太郎さんたちに話したそうだが……普通に考えておかしくないだろうか。
だってお姉ちゃんと小野さんは〝桐山先輩の真太郎さんに対する恋を応援する〟という〝契約〟絡みで今ややこしいことになっているわけで、たとえ二人を仲直りさせるためとはいえ、その話を他でもない真太郎さんたちにしてしまうなんて本末転倒じゃないか。
その人は真太郎さんたちにはその辺を上手くぼかして伝えたのだろうか。いや、そもそもその人自身がお姉ちゃんたちのことをどこまで知っているかにもよるけれど。〝契約〟云々のことまでは知らないのかもしれないし……。
確認したいところではあるが、まさか真太郎さんに「お姉ちゃんたちが真太郎さんと桐山先輩をくっつけようとしてるって話、聞きましたか?」なんて言うわけにはいかないしなぁ……。
「……美紗、大丈夫かい? その、本当に早まらないでね……?」
「えっ。ああ、いえ、大丈夫です」
黙り込んでしまった私を割と本気で心配そうな目で見てくる真太郎さんに、慌てて笑ってみせる。……死ぬほど恥ずかしかったのは事実だが、流石にあれくらいのことで本当に死にたくもない。
「……そういえばさっき〝嘘の手紙〟がどうこうとか言ってましたけど……」
「ああ、うん……未来の呼び出しに使った手紙のことだね」
「はい、そうです。あの、それって意味あるんですか? 普通にお姉ちゃんの反感を買いそうで、その割に
「……うん、そうだね……最低なやり方だってことは、僕も桐山さんもよく分かってるよ」
「あっ、いえっ!? 別に責めてるとかじゃなくてですね!?」
途端に沈んだ顔をする真太郎さんに、私はわたわたと両手を振った。
確かに嘘は良くないかもしれないが、お姉ちゃんたちのことを心配してのことなのだ。少なくとも私は、そのことに文句を言うつもりはまったくない。
だがやはり、そんな手紙で呼び出されると気を悪くされやすいというのも事実だろう。特にお姉ちゃんみたいな人には。
そして何より、真太郎さんらしくない。彼はたとえ誰かのためでも、そういう不誠実な行いを嫌う人だ。
私が「なにか隠してませんか?」という意味を込めてジトーッと見ていると、真太郎さんはしばらく居心地悪そうに目を逸らした後、観念したように言った。
「……その、本当は僕と桐山さんのアイデアじゃないんだ、あの手紙。……だけど、わざわざ差出人を小野くんの名前にした意味は僕にだって分かる」
「? それは……?」
「……僕の名前で呼び出すより、小野くんの名前にした方が、未来が来てくれる可能性が高かったからだ」
「!」
真太郎さんは悲しげに瞳を伏せながら続ける。
「他にもなにか理由があったみたいだけれど、でも一番の理由はそれだと思う。……結局、未来には見破られてしまったけれどね」
「……」
無理やり張りつけたような顔で笑う真太郎さんに、私は静かに拳を握り込む。
「(……そうだよね。真太郎さんにも、そう見えてるんだよね……)」
私の頭に浮かぶのは、つい先日まで自分も抱いていた考え。
すなわち――お姉ちゃんと小野さんが恋愛関係にあるのではないか、という疑惑のことだ。
私はそれが勘違いだったということを小野さんの話を聞いて理解できたが……真太郎さんはそうじゃない。
真太郎さんの目には今でも、想い
そしてそれなのに、真太郎さんはあの二人を元の関係に戻そうとしている。
それが彼にとって、なんの利益にもならないと分かっているはずなのに。
自分のことを最優先とするなら、今のまま放っておいた方がいいはずなのに。
そんな真太郎さんの横顔に、ふとあの人の姿が重なって見えた。
「――似た者同士なんですね。あなたたちは」
「え……?」
小さく呟きながら、私は石段から下り立つ。
「……私は、あなたたちみたいになるつもりはありません。私にとって一番大切なのは私の恋ですから」
「み、美紗……? それはいったいどういう――」
「だから」
真太郎さんの言葉を遮り、私は不思議そうな顔をしている彼の方を振り返る。
「受け取ってください、真太郎さん」
彼の前に、手に持っていた紙袋を差し出した。
その中身は、もちろんバレンタインデーチョコレート。今日の日のために散々悩んで、そして一生懸命想いを込めて作ったチョコレートだ。
……本当はこんな話の流れじゃなくて、もっと思いっきりロマンチックな
でも――それでも私は、
「真太郎さん」
彼が紙袋を受け取った後、私は頬が熱くなるのを、そして心臓が急激にバクバクと高鳴るのを感じながら、それでも真っ直ぐ、前を向いて言った。
「――今年もずっと好きでした。来年も、再来年も、その先も……私はずっとあなたのことが大好きです」
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