第一四七編 The day after Valentine⑬

「……あっ、真太郎しんたろうさん!」

美紗みさ……」


 屋上から出た真太郎は、正門の手前でぶんぶんと手を振っている七海ななみ美紗のもとへやって来ていた。

 時刻が時刻なので帰宅する生徒も多い。そんな中で彼女の存在は一際異彩を放っている。

 初春はつはる学園は私服登校可なので彼女が私服姿であるということは然程目立ってはいないものの、姉に似て芸能人かと思わされるような美貌とまだ幼さの残る顔立ちに表れる可憐さが合わさり、周囲の生徒たちからの視線を一身に集めていた。

 そんな彼女が学園一の人気者と言っても過言ではない真太郎の名を呼んで手を振ったりすれば嫌でも目立つ。というより、現在進行形で目立っていた。


「え……だ、誰だろう、あの子……」

「めちゃくちゃ可愛い……! つーか、誰かに似てね……!?」

「あれだよ、一年生のお嬢様……!」

「あっ、確かにあの子に似てる……! ってことは、もしかして妹とか……!?」

「な、なんでそんな子が久世くせくんと……!?」

「ま、まさか……彼女、とか……!?」


「真太郎さーん! こっちこっち、こっちですよー!」

「み、美紗……君、わざとやってるよね……?」


 周囲のざわめきに気付いていないはずもないだろうに、むしろ大袈裟に手を振っているように見える美紗に対して、真太郎は小さくため息をついた。

 美紗はそんな真太郎を見て「ごめんなさい」と言いつつクスクスと笑う。


「でもこれくらいは許してください。、してあげたんですから」

「……そうだね。助かったよ、ありがとう」

「いえいえ。正直驚きましたけどね。今日はサプライズのつもりで黙って初春まで向かってたのに、いきなり真太郎さんから電話が掛かってきたんですから」


 後ろ手になにやら紙袋を持っている美紗がそう言うと、真太郎はわずかに苦笑してみせる。

 そう、未来みくがあの手紙に応じなかった段階で、真太郎はすぐに美紗に電話を掛けたのだ。「未来に、真太郎ぼくを探すように伝えてほしい」と。

 当然、詳しい話をする時間などなかった。それでも美紗は真太郎の要望を即座に受け入れ、姉のもとまで走ったのである。


「本当にごめんね。なんの説明もせず、急にあんなこと頼んだりして……」

「気にしないでください。大したことじゃありませんし……それに、一応状況は把握してるつもりなので」

「えっ……?」


 さらっとそう言った美紗に、真太郎は首をかしげる。


「――こんな人目につくところでお話しするのもなんですし、もう少し人のいない場所に行きませんか?」

「あ、ああ。そうだね……」


 もっともな言い分だった。このわずか数分の間に、遠巻きながらたくさんの生徒たちが二人のことを見てヒソヒソやっている。


「……相変わらずモテモテなんですね、真太郎さんは」

「あはは……なんだろう、あんまり褒められてる気がしないね……」

「ええ、まあ……ちょっとだけ、お姉ちゃんがどうして真太郎さんに近寄られたくないのかが分かった気がします」



 ★



 改修工事予定の第二体育館裏へやって来た真太郎と美紗は、周りに他の生徒がいないことを確認してから石段に腰掛けた。

 この第二体育館は真太郎たち一年生が入学する前からずっと使用禁止となっているのだが、未だに工事の予定は決まっていないらしい。

 おそらくは予算の問題なのだろうが……ここが使えなかったせいでバレーボール部とバスケットボール部の間で第一体育館を巡る争いがあったことは、今では良い思い出である。


「こんな人気ひとけのないところに私を連れ込むなんて~……とか言った方がいいですか?」

「勘弁してくれ……というか、人のいない場所に行きたいと言ったのは君じゃないか」

「あははっ、そうなんですけどね。でもここ、告白とかにすごく良さそうなロケーションですね。真太郎さんがここを知ってたのも、女の子にラブレターで呼び出されたことがあったからだったりして~」

「…………」

「……あっ、ホントにそうなんですね……なんかごめんなさい」


 そんなベタなことあるわけ、とでも言いたげな美紗から目を逸らしつつ、真太郎は早速本題に入ることにした。……いい返事をしなかった告白の話題を続けるなど、誰も得をしないだろう。


「美紗、君はさっき『状況は把握してる』って言ったけれど……それは本当かい?」

「はい、本当ですよ。たぶんですけど、少なくともお姉ちゃんの状況は私が一番よく分かってるつもりです」

「……ほ、本当に本当かい? 君は昔から思い込みが激しいところがあるし……」

「す、すごい疑われようですね……まあ前科があるので仕方ないんですけど……」


 不満げに頬を膨らませる彼女が思い出しているのは、年明け頃〝真太郎に彼女が出来た〟などという根も葉もない噂を信じて突撃してきた時のことだろうか。


「……でも、今回については本当に本当です。少なくとも――」


 足をぷらぷらと遊ばせながら言うと、美紗は隣に座る真太郎の顔を覗き込む。


「――真太郎さんが、お姉ちゃんと小野おのさんを仲直りさせたいと思ってる、ってことくらいは」

「……!」


 確信ありげにそう言った美紗に、真太郎は目を見開いた。

 どうやら彼女は、今回ばかりは本当に状況を理解しているらしい。


「――でもだからこそ私は、と思うんですよ」

「……え? そ、それはどういう……?」


 真太郎が問い掛けると、彼女はふふん、と得意気に笑う。


「真太郎さんはお姉ちゃんと小野さんの仲直りの仲裁をしようとしていたようですけど、そういうのはやっぱり当人同士だけですべき話だということですよ」

「……え? 当人同士……だけ?」

「ええ。だってここに真太郎さんがいるということは、お姉ちゃんは今、小野さんと二人で話をしているんですよね?」

「えっ……」


 ドヤ顔で言う美紗に、困惑する真太郎。

 ……ちなみに現在、未来が屋上で話をしているのは桐山桃華きりやまももかである。当然ながら悠真ではない。


「いえ、真太郎さんの気持ちは分かりますよ。心配だったんですよね、喧嘩してるお姉ちゃんと小野さんに二人で話させるのが。だからその場に立ち会って、仲裁をしようとしてくださったんですよね?」

「い、いやあの、美紗?」

「ですが! ですが、やっぱりそういう話は第三者をまじえず、当人同士だけでするべきなんです! もしかしたら今この瞬間、お姉ちゃんと小野さんは激しい言い争いをしているかもしれませんが!」


 もう一度言うが、今この瞬間に未来と話しているのは桃華であって悠真ではない。


「しかしそれでも! たとえ怖くても当人同士で話し合ったその先に真の信頼関係はあるんです! それが青春なんです!」

「み、美紗、僕の話を聞いてもらえると――」

「いいえ真太郎さん! 言わずとも分かります! 確かにあの二人の関係は少し特殊かもしれませんが、それでもちゃんと面と向かって話し合えば――!」

「美紗」


 なぜかやたら嬉しそうに――そして興奮気味に話す美紗に、真太郎は大きく手を突き出して言葉の先を制止した。


「その……すごく、言いづらいんだけれど……」

「? なんですか?」

「……今、未来と話をしているのは小野くんじゃなくて――桐山さんなんだ……」

「……。……えっ?」


 数秒時が止まり、やがて思い違いの熱弁をした代償だとでも言わんばかりにみるみる顔が真っ赤に染まっていく美紗を見ながら――真太郎は思った。

 普段聡明なはずの彼女は、やはり肝心なところで妙に思い込みが激しい子なのだ、と。

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