第一三三編 涙(戦闘用)

「いらっしゃーい、やよいちゃん! 上がって上がって~! お母さんがねぇ、久し振りにやよいちゃんが泊まりに来てくれるって聞いて今日はお寿司とってくれるんだって~! いやぁ、楽しみだねぇ――」

「アンタ、久世くせのことまだ好きなの?」

「来て早々いきなりなんの話!?」


 玄関で迎えてくれた桃華ももかに「お邪魔します」よりも先に質問を叩きつけると、彼女は分かりやすくギョッとしたようなリアクションをとった。遅れて、その頬が赤く染まる。


「あらやよいちゃん、いらっしゃい」

「こんばんは、おばさん。今日はお世話になります」

「いいのいいの! やよいちゃんは昔から桃華と違って手が掛からない子だから! ゆっくりしていってね~」

「はい、ありがとうございます」


 桃華が口をパクパクさせている間に桃華のお母さんへの挨拶を済ませ、勝手知ったる桐山きりやま家の階段へ向かう。


「? まあ上がりなよ。話はアンタの部屋で聞くから」

「えっ、う、うん、ありがと……じゃないよね!? ここ私の家! それ私のスリッパ!?」


 騒がしい彼女を連れて、二階にある桃華の部屋へと入る。

 相変わらず女の子らしい部屋だ。読み終えた雑誌が山積さんせきしている、女らしさの欠片もない私の部屋とは大違いである。

 泊まるのは久し振りだがこの部屋には今年に入ってからも何度も出入りしているので目新しさはまるでないが、これでも一応女なので、桃華のこういうセンスのいい部分は羨ましく思う。……久世と小野おのに渡したクリスマスプレゼントのような謎センスは要らないけど。


「……で、どうなのさ?」

「ど、どうって言われても……」


 私が部屋に置かれているクッションに腰を下ろしつつ、先の質問の答えを促すと、彼女は立ったままもじもじと居場所なさげにしている。


「ど、どうしたの、急にそんなこと聞くなんて……」

「アンタ最近――例の勉強会の後くらいからちょっと変でしょ。あんまり久世の話をしなくなったじゃん」

「そ、それは……」


 言い淀む桃華。……これは、何かあったのは確実か。


「……久世のこと、好きじゃなくなったの?」

「っ!? ち、違うよ!」


 これには即答、か。……正直、私個人としてはこの場面でこそ言い淀んで欲しかったのだが……まあ仕方ない。

 桃華をよく知る人間として、彼女がそう簡単に気移りするような子ではないだろうとは思っていたのだ。もっとも彼女が恋をしたのは久世が初めてだったので、確証はなかったが。


「……じゃあどうしたのよ? 前は鬱陶しいくらいどうでもいい話ばっかりしてきたくせに」

「う、鬱陶しかったんだ……?」

「でもここんとこ、やけに大人しいじゃない。勉強会で何かあったとしか思えないんだけど?」

「うっ……」


 静かにその場に正座する桃華。この構図だと、なんだか彼女を叱りつけているかのようで嫌なのだが……。

 いつもならこれくらい問い詰めれば大抵のことは答えてくれる。去年の夏先、彼女が久世のことを好きなのか、と最初に問い詰めたときもそうだったはずだ。

 しかし今日の彼女は居心地悪そうにもじもじするばかりで、私の質問には答えない。まるで、怒られることを恐れて黙り込む子どものように。


「(……仕方ない、奥の手を使うか)」


 これ以上ただ問い詰めても答え渋るだろうと判断し、私は対幼馴染み用の切り札ジョーカーを切ることにした。


「……せっかく久し振りに泊まりに来たのに、アンタに隠し事をされるなんて、辛いよ……」

「え、ええっ!?」

「私たち、親友じゃなかったの……? 私はアンタになんでも話してるのに……アンタは……アンタは……」

「ちょっ!? や、やよいちゃんっ!? な、泣いてるの!?」


 この私がそう簡単に泣くわけないだろ、と心の中でツッコミを入れつつ、露骨にオロオロし始めた桃華の前で俯いて見せる。

 角度は大体二五度~三〇度程度がベストだろう。敢えて完全に顔を伏せ切らないことで、逆にそれっぽい雰囲気をかもし出せる……気がする。

 そのまま鼻をグスグス言わせれば完璧だ。丁度さっきまで寒い外にいたから、暖房の効いた桃華の部屋との温度差でいい感じに鼻水が出ている。やはり来てすぐに問い詰めたのは正解だったと言えよう。

 早く鼻をかみたいなぁ、と考えながら演技を続ける私に、対する桃華は完全にパニックに陥っていた。


「ごごご、ごめんねやよいちゃんっ!? そ、そうだよね、親友なのに隠し事なんて酷いよね、ごめんね!?」


 別に親友だからといってなんでも話さなければならないルールなんてないのだが、桃華は良い子だなぁ。ちなみに私は桃華に隠し事というか、まだ話していないことなんて幾らでもあるのだが。


「ち、違うんだよ!? やよいちゃんを信用してないとかじゃなくて、ただ私の口から勝手にバラしていいことと駄目なことがあるといいますか……!」


 意外としぶとく、口を割らない桃華。

「勝手にバラす」という口振りからして、第三者の存在が彼女の異変に関係しているということだろうか。桃華は律儀な性格だから、本人の了承もなく秘密をバラしたり出来ないのだろう。

 久世への想いが変わっていないことは先ほど確認した通りだが、だとすれば小野か七海未来ななみみくが関係しているのか? だがあの二人はむしろ桃華の恋を応援する立ち位置だしなぁ……。


「(……私の知らない第三者が関わってる可能性が高いな。だとすると私が自力で答えに辿り着くのは難しい。やっぱりこの子の口から話させないと……)」

「や、やよいちゃん……? あ、あの、本当にごめんね……?」


 俯いたまま考え込んでいる私が何も言わないことに焦ったのか、桃華が気遣うように謝罪してくる。……良心の狭間で揺れているこの子には悪いが……。


「……そうだね、ごめん。親友だからって、なんでも話せるわけ、ないよね……」

「うっ……!?」


 私の追撃。桃華の良心に一ポイントのダメージ。


「本当にごめん……桃華にだって隠し事くらいあるよね……なんでも聞き出そうとしたりして……私、うざいね……」

「ぐふっ……!?」


 私の追撃。桃華の良心に五ポイントのダメージ。


「もう何も聞かないから……桃華だって、自分の恋に横から口出されたくないんだよね……ごめん……」

「ち、ちがっ……!?」


 私の追撃。桃華の良心に一〇ポイントのダメージ。


「今日はもう、帰るよ……お邪魔しました……」

「違うんだよおおおおおやよいちゃあああああんっっっ!?」


 私の追撃。桃華の良心に一〇〇ポイントのダメージ。

 桃華は良心の呵責かしゃくに耐えきれず泣き出した。


「ごめんねえええええっ!? は、話すからっ! 私なんでも話すから帰るなんて言わないでえええええっ!?」

「(フッ、チョロいぜ)」


 私の頭を胸に抱き締めながらおいおいと泣き出した桃華に、私はニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 ……〝女の武器は涙〟とはよく言ったものだと、我が事ながら女という生き物の恐ろしさを噛み締める私なのだった。

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