第一二八編 可能性

 食堂裏――以前真太郎しんたろうがとある女子生徒から告白された場所――へ移動してから、彼は桃華ももかとやよいの二人に先日一色いっしきから聞いた話を要約して聞かせた。

 移動したのは、登校してくる生徒たちの目があったからだ。真太郎がそこにいるだけで目立つのはいつものことだが、その相手が女子、それも二人となると余計に人の目を引く。

 今回はただでさえ本人のいない場所で悠真ゆうまの話をするのだから、彼が余計な迷惑を被らないように人目につかないところで話すのは最低限の礼儀だろうと考えてのことだ。


「……それで、どうかな? 幼馴染みの二人から見て、最近の小野おのくんにどこか変わったところとか、悩んでいる様子はあるかい?」


 一通り話し終えて真太郎がたずねると、桃華とやよいはちらりと顔を合わせる。先に口を開いたのはやよいの方だ。


「分かんない」

「そ、即答なんだ?」

「うん。というか、私は小野とそんな話すわけじゃないしね。……まあ最近は多少あの努力を認めてやってはいるけど……」

「……? それってどういう……?」

「……いや、なんでもないよ。小野あいつのしょぼい変化とかマジで分かんないし、興味もない」

「や、やよいちゃん……」

「しょうがないでしょ、事実なんだから。実際、私が気付けるようなことならその前にあんたらが気付いてると思うよ」


 確かに彼女の言う通りだ。悠真とは幼馴染みというだけで、クラスも違えばアルバイトでも顔を合わさないやよいが気付くほどの変化であれば、真太郎や桃華が気付かないわけもない。

 むしろそれに気付けなければ友人として、仲間として失格だろう。


「そうか……うん。ありがとう、金山かねやまさん。桐山きりやまさんはどうかな? 僕がシフトから外れている日は、大体小野くんと一緒だったよね?」

「う、うん。勉強会の後も三回くらい悠真と仕事してたけど……特に様子がおかしいとは思わなかったよ」

「桐山さんもそうなんだ。じゃあやっぱり一色店長の気のせいなのかな……」

「どうだろうね……確かにいつもより仕事が早かった気はするけど……でも悠真って元から仕事早いから……」

「そりゃ、新人のあんたからすれば小野の仕事は早くて当然でしょ。そもそもだけど、『いつもより仕事の出来がいいから』とかいう理由で小野の様子がおかしいっていうあんたらの店長の考えがまず分かんない」

「ま、まあそれは僕も思ったけど……」


 とはいえ一色がああいった言動をするのはいつものことだ。感覚的というか、感性に従っている、とでも言えばいいのだろうか。常人を逸している、とまでは言わないが、周囲の僅かな変化に対する嗅覚が鋭いのである。


「(それに加えて、一色店長は小野くんとの付き合いも僕より長いから『そうなのかもしれない』と思っちゃったんだけれど……でも、もっと付き合いの長いこの二人が分からないっていうなら……)」


 やはり一色の勘違いの可能性が高いか、と真太郎は結論付けようとした時、「あ」と桃華が声を発した。


「ゆ、悠真のことと関係あるかは分からないんだけど……そういえば最近、七海ななみさんがお店に来なくなったよね?」

「えっ!? そ、そうなのかい!?」

「う、うん。今までは一週間に三、四回は来てたはずなのに、この一週間は一度も見かけなかったから……」

「そ、そうなんだ……僕はてっきり、僕がいない日に来ているんだと思っていたよ」

「というかあのお高い喫茶店に週三、四回って……」


 やよいのぼやくような声に、真太郎と桃華が苦笑する。

 あのサングラスとマスクのお嬢様は〝七番さん〟などという呼び名が店員間で浸透しているほどの〝甘色あまいろ〟常連だ。

 真太郎はとある事情から「もしかしたら未来みくは小野くんがいる日に来ているのだろうか」などと疑っており、しかも勉強会以来悠真と同じシフトに入ったのは一度だけだったので、特に不自然には思っていなかったのだが……。


「……小野くんのことと未来のことが関係しているとするなら、勉強会の時に何かあったと考えるのが自然だろうけれど……そういえば解散して本郷ほんごうさんの車で帰った時、なにかあったりしたのかい?」

「う、ううん。たしかにあんまり会話はなかったけど、でもあのときは勉強会のすぐ後で疲れてたし……それに七海さんって、元々口数多くないから……」

「そうだよね……」

「あっ、でも……」


 思い出したように、桃華が付け加える。


「私は家の前で降ろしてもらったから、その後二人で何かあった可能性はあるかも……」

「!」

「はあ? 家の前って……あんたの家から小野の家なんて、歩いた方が早いくらいじゃん」

「うん、そうなんだけど……そういえば二人と別れてからちょっと後に、近所で誰かが叫んでるみたいな声が聞こえたりもしたんだよね」

「さ、叫んでるみたいな声……? い、いや、それは流石に二人とは関係ないんじゃ……?」

「そ、そっか。それもそうだね、うん」

「……どうなんだろう、勉強会の時になにかあったとするなら、桐山さんが降りた後しかないと思うんだけれど……」


 真太郎と桃華が揃って首を捻る。が、その場にいなかった者たちが考えたところで、答えが出るはずもない。

 すると真太郎はそこで、やよいがなにやら真剣な顔つきで考え込んでいることに気が付いた。


「金山さん? なにか思い当たることでもあった?」

「えっ……ああ、うん。いや、なんでもないよ」

「……? そうかい? だったらいいんだけれど……」


 なんでもない、と答えた割に、やよいは再び真面目な顔で何かを考えている様子だった。悠真と未来に関する何かを知っているのだろうか。だとしたら教えて欲しいのだが……しかし本人が答えたがらない以上、無理な追及はなるべく避けたかった。


「……勉強会とは関係ないのか、それともそもそも小野くんのことと未来のことは関係ないのか……流石に情報が少なすぎるね……」

「……その……本人は否定してたし、本当にただの妄想というか、たぶん間違ってるとは思うんだけど……」

「? うん、どうかした、桐山さん?」


 否定的な前置きをした上で、もじもじと何か言いづらそうにしている桃華に目を向けると、彼女は一段と声を潜めつつ言った。


「その……男の子と女の子の話、なのかなぁ、なんて……」

「!!」


 ――ガーン、という衝撃ショックが真太郎の頭を打ち抜いた瞬間だった。

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