第一二七編 聞き込み調査

 翌日の朝、いつもより少し早く登校した真太郎しんたろうは、早速悠真ゆうま本人に話を聞きに――いかなかった。

 仮に悠真が何かを抱え込んでいるとして、それを単刀直入に本人に聞くのははばかられたからだ。

 特に今回の場合、まだ一色いっしきの気のせいだという可能性も十分残っている。そんな段階でなんの証拠、根拠もなく「何か抱え込んでいるのかい?」などと問うたところで、「何言ってんだ、お前」の一言であしらわれる未来みらいしか見えない。

 ゆえに、まずは彼に近しい人物から話を聞くところから始めることにした。本人と話すのはある程度証言が出揃った後の、最終段階だ。


「(まずは……あっ、丁度いいところに)」


 上履きに履き替えて教室へ向かう途中で、話を聞く予定だった人物たちが食堂横の自販機前にいることに気付く。

 真太郎は彼女たちの側まで歩み寄ると、後ろから声をかけた。


「おはよう、桐山きりやまさん、金山かねやまさ――」

「うっひゃあああああっっっ!?」

「うおっと、あぶな」


 後ろから話しかけたせいで驚かせてしまったのか、そこにいた二人の少女のうちの一人――桐山桃華ももかが奇声を上げながら手に持っていた缶ココアを滑り落とす。

 それが地面にぶちまけられるより先に手を伸ばして掴んだのは、以前悠真が苦手だと言っていた女子生徒、金山やよいだ。


「ご、ごめんね、驚かせちゃったかな?」

「かきき、く、久世くせくんっ!? なぜ現世にっ!?」

「えっ、げ、現世……?」

「落ち着け、勝手に人を殺すな」

あづぅっ!?」


 なぜか酷く動揺している様子の桃華の顔面に、やよいが買ったばかりで熱々であろう缶ココアの側面を押し付ける。冬の外気で冷えた頬からジュウ、という幻聴が聞こえてくるようだった。


「おはよう、久世くん。ごめんね。この子――たまにこうなるの」

「なんか前にも似たようなことを言われた気がするね……」


 苦笑して、真太郎はバイトを始めたばかりの頃の桃華を思い返す。

 彼女は接客などの覚えは早かったのに、真太郎が仕事を教える時はなぜかいつもガチガチに緊張していたものだ。真太郎自身、〝甘色あまいろ〟に入ってすぐの頃は緊張したりしたものだが、それと比べても彼女は慣れるまで時間がかかっていた。

 その割には店長の一色やパートタイマーのおばちゃんたちとは打ち解けるのが早かった気もするが……やはりそこは同性だからだったんだろうか。


「(でも……幼馴染みの小野くんはともかく、新庄しんじょうさんともそんなに緊張せずに話せていたような……?)」


 まあ大学生アルバイトの彼は一色と似た空気を漂わせているので絡みやすかったのかもしれない。

 どちらにせよ、最近は真太郎の前でも緊張した姿をほとんど見せなくなったし、だから気にする必要もなかったのだが……。


「(やっぱりあの勉強会以来、どことなくよそよそしい気がするんだよね……)」


 前のように露骨な緊張感こそないものの、バイト中に真太郎が話しかけるとビクッ、と肩を震わせたりするなど、かつての彼女に重なる部分もあった。

 もしかして何か嫌われるようなことをしてしまっただろうか、などという考えも浮かぶが……それにしては話しかけた瞬間以外は今まで通りだというのが分からない。


「お、おはよう久世くん。今日もいい天気だね?」

「ここんとこずっと曇り続きだけどな」

「うぐっ……!?」

「そ、それに今日は確か、午後から雨予報だったね」

「ひぐっ……!? ……そ、そうなんですね……」


 無難な話題を繰り出しておきながら二人にツッコミを入れられ、恥ずかしそうに両手で顔を覆う桃華。……こういう少し抜けているところは実に彼女らしい。


「で、でも久世くんと学校で話すのって結構珍しいよね?」

「うん、そうだね。クラスが違うからだろうけれど」

「まあ一組そっちの連中って二組以下のこと見下してそうだもんね」

「や、やよいちゃんっ!」

「冗談だよ、冗談」


 やよいの歯に衣着せぬ物言いに桃華が声を上げたが、彼女の言うことも半分くらいは正しい、と真太郎は思う。

 一組、というより推薦入学の生徒の中には、一般入学の生徒を下に見ている者もいるからだ。

 当然、一組の大半の生徒は同級生を見下したりしないが、そういう人間が一人でもいれば全体が悪く見えてしまうのは、どんな集団でも変わらないことだろう。

 汚職に手を染めた政治家がニュースで取り上げられると、その政治家の属する派閥全体が批難を浴びるのと同じことだ。


「でもいいよね、桃華あんたは」

「へ? なにが?」

「だってもう圏内でしょ、〝一組入り〟」

「!」

「え? そうなのかい?」


 初春はつはる学園における特待生制度は少し複雑なので詳細は省くが、簡単に言えば〝一年次の最終成績順〟で二年次の一組、すなわち〝特待組〟が決定される。要するに前一年間で優秀だった生徒たちが、次の年で優遇されるという仕組みだ。


 たしかにこの前の勉強会でも、桃華は学年末試験の試験範囲をほとんど完璧に理解している様子だった。無論この先の授業内容次第ではあるが……彼女なら来年度の一組にいてもなにも不思議ではない。

 少なくとも成績面においては、今の一組内で桃華に敵う生徒は半分ほどではないだろうか。であれば、あとは出席日数や授業態度といった内申の部分だけだが……真面目な彼女ならまず、その辺りも問題ないはずだ。


「……そうか。じゃあ来年は桐山さんと机を並べて授業を受けられるかもしれないね」

「えっ?」

「えっ?」


 真太郎が然り気無く呟いた一言になにやら敏感な反応を示した桃華。

 不思議に思って見ると、彼女はしばらく無言で立ち尽くしたあと、途端にボッ、と顔を真っ赤にした。


「そそそそ、そうだね!? そうですよね、そういうことですよねっ!?」

「いやごめん、なにが!? きゅ、急にどうしたんだい、桐山さん!?」

「ななな、なんでもないですっ! なにも想像とか妄想とかしてませんからっ!?」

「だからなにが!?」

「とりあえず落ち着け」

あづぅっ!?」


 数刻前の焼き直しのような光景を繰り広げる桃華に、真太郎はやはり何か様子が変だなあ、と考える。

 しかし――一先ずは後回しだ。

 真太郎は桃華の様子が落ち着くのを待ってから――まだ彼女の顔は少し赤いままだが――、ようやく本題を切り出すことにした。


「小野くんのことで、二人に聞きたいんだけれど――」

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