第一二三編 それぞれの想い(桐山桃華の場合)
★
「えへへ……」
だらしない顔でノートを眺めながら、
帰宅してすぐに食事、入浴を済ませた彼女は、かれこれ三〇分はこうして過ごしていた。
自分の中では「今日の復習!」のつもりだったはずなのだが……いざ始めてみると、楽しい一日を振り返ってニマニマするだけの時間になっている。
「(
〝
当時もメモ帳を用意して
「(
悠真って何が好きなんだろう、と考えてみるが、彼の趣味や好物など桃華はほとんど知らない。というか彼は自分の話をあまりしてくれないような気がする。
アルバイトの休憩時間や、〝甘色〟からの帰り道で一緒になることも当然あるし、だから会話をする機会自体はここ数ヵ月で激増しているはずなのだが……。
「(そういえば悠真の話って、久世くんの話題がやけに多いような気がするなぁ……)」
ふと思い返せば、「久世が桃華を褒めてた」とか「久世の好物」とか、そういう話をしている記憶が強い。
もちろん桃華もそれらの話には興味津々だし、そもそも悠真との共通の知り合いなんて真太郎かやよいくらいのものだから当然と言えば当然なのだろうが。桃華だって悠真と話す時はやよいの話になりがちなのだし。
「(……ん? でも、あんまり
今日の様子を見ても、悠真と
しかしその割には、これまで悠真の口から未来の話題が出たことはほとんどなかった。というか、桃華から話を振った時以外、彼女の話をしたことがないような気さえする。
もしかしたら、桃華と未来があまり親しくないことに気を遣ったのだろうか。そう考えると、なんだか申し訳ない気持ちになった。
「……七海さん、か……」
そう呟いて想起されるのは、今日もあまり上手に話せなかった美しい少女のこと。
そして――彼女の妹である七海
『――負けませんよ、私は』
「…………」
出会ったばかりの中学生の少女が口にした言葉を脳内で再生してしまい、桃華はパタ、と開きっぱなしだったノートを閉じる。
その言葉を聞いて桃華の内側に生まれたのは圧倒的な敗北感だった。
会ったばかりの桃華に対して真太郎への真っ直ぐな気持ちを表明し、慢心ではなく自信に満ち溢れていた彼女。
対する自分は、自分も真太郎のことが好きだ、とさえ言えなかった。
もちろん、美紗に真太郎への想いを伝えなければならない道理などない。むしろそれを伝えてしまうことで、美紗が桃華の敵となる可能性は高い。なにせ彼女はあれほど〝強い〟想いを秘めているのだから。
であれば下手なことを口にせず、有利に立ち回る方がよほど賢いという考え方も出来るだろう。
しかし桃華はそういった計算をした上で自分の想いを伝えなかったわけではない。
ただ単純に、言えなかっただけ。
美紗の強く、真剣な想いに気圧され、「実は私も久世くんのことが好きなんだよ」と言えなかっただけだ。
そして、意図して伝えなかったのと、ただ言えなかったのとではまるで違う。
事実、後者だったからこそ桃華は、どうしようもない敗北感に打ちのめされたのだから。
「……すごいなぁ……小さい頃からずっと……ずっと好きだったなんて……」
桃華は素直にそう思う。
自分が恋に落ちたのは真太郎が初めてだったが、それでも誰かをずっと、一途に想い続けるというのは簡単なことではないはずだ。
ニュースなどを見ていれば、芸能人が不倫や浮気をしていたり、夫婦円満だと思われていた男女が離婚したりなどという話題には事欠かない。分別のある大人や、〝結婚〟という責任ある関係にある者たちでさえそうなのである。
それなのに、想うだけなら誰を好きになってもいいはずの子どもが特定の一人だけを好きで居続けるなんて。
子どもだからこその純真さや潔癖さというのもあるだろう。だが、それでもだ。
「…………」
ごろん、とベッドで仰向けになって、桃華は自らの額に手の甲を押し当てる。
「――私は……美紗ちゃんよりも、久世くんのことを好きでいられるのかな……」
〝真太郎のことが好き〟という気持ちに嘘はない。優しく、格好いい彼に心から憧れているのは本当だ。
けれどその気持ちの強弱を他の誰かと比べた時――果たして
〝一番〟に、なれるのだろうか。
分かっている。たとえ気持ちの強さで〝一番〟になったところで、最後に決めるのは真太郎本人だということくらい。
それでも好きで居続けた時間も、真太郎との関係の深さも、桃華は美紗に勝てない。
その上、気持ちの強ささえ彼女に劣るというなら――桃華に勝ち目などあるのだろうか。
「(……苦しいなぁ……)」
胸の前できゅっと拳を小さく握る。
「(……痛い、なぁ……)」
それは、自らの敗北を予期してしまったせいなのだろうか。
心臓の奥がじんじんと
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