第一二〇編 交錯する片想い⑯
「き、
「……?」
真剣な瞳でそう問うてきた
「(……ん? どういうことだろう……?)」
いきなり別の言語で話しかけられた時のように言葉の意味が脳に浸透してこない。
先ほどまで集中して勉強していたこともあってか、桃華はまるで国語の読解問題でも解くかのように、彼女の質問を分析する。
「(えーっと……『桐山先輩は』……つまり私は、『真太郎さんと』……つまり
「……き、桐山先輩……? あ、あの……?」
「ちょっと待って、今考えてるから」
「うぇっ? あ、はい、すみません……」
ビシッ、と手のひらを突きつけて集中させてほしいと告げると、後輩女子はすごすごと引き下がる。
「(それでなんだっけ……? あっ、そうそう、『お付き合いをされているんですか』、だから……交際してるのかってことか。ふんふん。ということは全文繋げると、私と久世くんが交際してるのか、っていう質問かぁ。なるほどねぇ……ん?)」
長文問題が綺麗に解けた時のような気持ち良さに、一人うんうんと頷いた桃華は――その数秒後、くわっ、と目を見開いた。
「そそそそっ、そんなわけないでしょっ!?」
「え、ええっ!? お、遅っ!? っていうか、違うんですかっ!?」
みるみるうちに耳まで真っ赤になった桃華に、美紗が驚きながらツッコミを入れる。
「わ、私ごときが久世くんとお付き合いだなんてっ……! お、恐れ多いっ!」
「恐れ多い!? い、いえ、普通の同級生なのでは……」
「だとしてもだよっ! あ、危ないよ美紗ちゃん! そんな軽々しくそういうこと言ったら!? 組織の人に刺されるよ!?」
「ええっ!? そ、組織ってなんの!?」
「久世くんファンの組織に決まってるじゃない!」
「軽々しくお付き合いしているかどうか聞いただけで人を刺すようなファンクラブがあるなんて初耳なんですけど!?」
「あってもおかしくないよっ! だって久世くんだよ!?」
「た、たしかに真太郎さんの素敵さを考えれば、そんな狂気の沙汰のようなファンクラブがあってもおかし――いですよね!? ちょっと納得しかけたけど、やっぱりあり得ませんよそんなの!?」
二人が廊下でギャーギャーと騒いでいると、七海邸の使用人たちが何事かと階下に集まっている音が聞こえてきた。
そして使用人たちを代表するかのように、一人の女性が階段の方から顔を覗かせる。
「み、美紗お嬢様……? どうかされましたか……?」
「い、いえっ!? な、なんでもないわ、
「さ、左様ですか? であればよろしいのですが……」
慌てて取り繕い、使用人が階下へ戻っていくのを見届けてから、二人揃って息を吐く。
「……えっと、美紗ちゃんがどうしてそんなことを聞いてきたのかは分からないけど、私と久世くんはそういうのじゃ、ないよ……?」
「……そ、そうみたいですね。今の反応を見る限り……す、すみません、変なことを聞いてしまって……」
反省し、声のトーンを落としながら話す二人。
頬をポリポリと掻きながら謝る美紗に、桃華はふと疑問に思ったことを口にする。
「……もしかして美紗ちゃんは――久世くんのことが好きなの?」
「!」
急に聞かれて焦ったのか、美紗は一瞬瞳を揺らし――しかし、次の瞬間には頬を
「――好きですよ。ずっと……本当に、ずっと前から」
「……!」
その真っ直ぐな言葉に、桃華の心臓が射抜かれたかのようにドクン、と大きく脈打つ。
「……ずっと……前から……?」
「はい。……本当のことを言うと、あんまり覚えてないんです。いつ好きになったのかとか、どうして好きになったのかとか……。ただ、気付いた時にはもう、真太郎さんのことが好きだったので」
言葉を重ねるごとに頬の赤みが増していく美紗は、しかし桃華から視線を逸らすことなく、真剣な声色で続ける。
「真太郎さんはああいう人なので、私のことを異性として見てくれているかは微妙なんですけど……」
苦笑しながら、はにかみながら――
「――でも私が大好きな人が久世真太郎さんだってことは、変わりようも、変えようもありませんから」
「……!」
美紗の瞳に垣間見える想いの強さに、桃華は大きな衝撃を受けた。
それは鈍器で殴られたような、瞬間的な強さではない。
大地に太く根を張った大木のごとし、不動の強さ。
一途に、懸命に想い続けた者にのみ許される、長き年月に裏打ちされた強さだった。
「ご、ごめんなさい! そ、そんなこと聞かれてないですよね、あはは……」
「えっ……あっ、いや……」
呆けたようになにも言えずにいた桃華に向けて照れ笑いをしながら謝ってくる美紗に、桃華は言葉を返そうとするが、上手い返事が出てこない。
そんな彼女の姿をどう思ったのか、「そ、それじゃあ私はこれで!」と立ち去ろうとする美紗を見て、桃華は「ちょ、ちょっと待って!」と声を上げる。
「さ、最後に聞かせて……美紗ちゃんは――美紗ちゃんは、勝てると思う……?」
我ながら曖昧な質問だった。
「勝てる」とはなんだ。一体、誰に勝つと言うのか。
真太郎のことが好きな他の女子にだろうか。
真太郎を巡る恋愛の全てにだろうか。
それとも――
「――勝ちますよ」
「!」
問いかけた本人ですら意味を掴みかねているその質問に、しかし少女は即答してみせた。
口先だけの言葉ではなく、さりとて傲慢な言葉でもなく。
確かな自信と、努力と、想いがあればこその言葉だった。
「――負けませんよ、私は」
最後にそう言い残し、桃華の前から歩き去っていく美紗。
小さな後輩女子であるはずの彼女の背中は――今の桃華には、とてつもなく強大なものに見えてしまった。
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